第72話 王子の宣戦布告

「見えてきたな。リフニア国!」




 毒で半分溶けた城壁。国土の半分以上が毒の沼地だ。詠唱団なしで、建築魔法が使える人間も限られる。


 夜の月あかりに照らされて、建物の間から緑の湯気が上がっているのが遠目にも見える。


 地面から毒が湧き、足の踏み場もないかもしれないな。




「お前ら、靴の毒対策はしてるんだよな」


「はい、お兄様! ノスリンジア国は、毒の沼も歩くことができる耐毒魔法のかかったブーツを所持しております!」


「いい返事だ。マルセルの弟」


「はい! ありがとうございます! 元気だけが取り柄です!」


 ほんと、駄目な騎士だな。マルセルが色んな意味で泣くぞ。




 リフニア国へと流れ込む川も横目に通り過ぎる。


 もう川の色は完全に毒の緑に染まってるな。


 泡まで浮かんでるし。


 魚はとうの昔に死に絶えたのか、死骸すら見当たらない。




「城門が開いてるな。あの慌てぶり、見てみろ」


 マルセル弟は、あっけに取られて声を出す。


「うわぁ、騎士団も戦闘魔術師と回復師、走り回って入り乱れてますね、お兄様。隊列がなってない。これ勝てますよ」


 向こうにはもう空間隔離魔法の結界を張れる詠唱団えいしょうだんはいない。


 リフニア国最大の防御は失われている。


 リフニア国にいたドラゴンは、ノスリンジアの兵を事前に送り込んで始末した。


 無事に行動不能にしてきたとの報告を受けている。俺の命じた通りの残虐な方法でな。




 残る奴らリフニア国の戦力は、戦闘魔術師、千名。回復師、五百名。王国騎士団、三千名。総勢、四千五百名。




「もちろん、勝つために来た。だがよく聞け」


 頭の悪いマルセルの弟の耳を引っ張る。あ、いけね、ちょっとだけ耳の端を切断しちゃった。


「ぎゃああああああああああ」


「うるさいから黙れ。いいか、お前が戦うんだよ。俺はヘイブン宮殿まで行かなきゃならない。お前らは俺の駒だ」


「そ、そんな、お兄様、悪魔か何かですか?」


はらわた出されたいか?」


「いえ! お兄様お任せください! 騎士団の力で、お兄様を必ずやヘイブン宮殿まで導きます」


「っくく。はははは! マルセルが泣くな。お前のせいでお姉様は死ぬぞ」


「だ、だって、俺にどうしろと……お姉様はリフニア国に嫁いだ時点で、もうあちらの国のものなんですよ」


「ずっと悩んどけよ」




 そのとき上空から矢文が降ってきた。風の魔法をまとって飛ばしてきた。


 俺はその矢が地に落ちる前に空中でつかむ。




「休戦の申し入れだったらどうする?」


 マルセル弟が喜ぶかと思って、にやけ顔で問う。


「え、お兄様は休戦の意思があるんですか?」


「ふっ。あるわけないだろ。まだはじまってもない。誰も俺を止められないぞ」


「ですよねお兄様」


 がっかりさせてやった。さて、文を改めますか。誰のどんな停戦の申し出だ?


「側近モルガンからかな?」




『エルマー王が見当たらないので貴様宛てに文を送る。


 元勇者キーレ。


 お前はマルセル姫から一生愛されない男だ。


 その腹いせがリフニア国の陥落か? 違うだろう? 


 本当に手に入れたいものは、僕の隣にある。


 貴様は一人で戦えない臆病者だ。進軍をやめたらどうだ? 


 他国を巻き込んでまで開戦すると言うのならば、受けて立つ。


 だが、貴様のその軍は果たして忠実な部下どもの集まりか? 


 兵力はほぼ同じ。忠誠心の差で貴様の軍は敗れると断言しよう。


 かかってくるがいい』




「エリク王子様の、直筆か」


「お兄様それってすごいことですよ。あの方の交友関係はすごい狭いんですよ。俺、まだエリク王子様から手紙なんてもらったことないし」


 俺はその手紙を、メスの指を振って縦と横に切断する。




 なかなか、魔王戦より燃えるような文をよこしてくれるな。

 

 一生愛されない男ね。それに、臆病者だって? 


「宣戦布告か。相変わらず早いな」


 切断された手紙が風でそよそよと飛んでいく。


「お兄様! ……もったいない」



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