第69話 俺を怒らせた罰

 そうだ。俺が拘束されたあの日は、リフニア国の衛兵に槍で突かれたんだ。


 同じ目に遭わせてやらないとな。


「貫通魔法」




 泣き叫べマルセル! 俺の苦痛はお前の苦痛だ。




 腹を腕で突き刺すと狂おしい悲鳴を聞かせてくれるじゃないか。俺はお前が欲しいんだよ。なのに、お前は俺を突き放し続ける。どんな処刑を与えてもな!




「その次はアデーラに弓で射られたんだよな」


 俺は大げさに腕を組んで思い出す演技をする。指で貫通魔法を施し、アデーラの矢を再現するためにマルセルの右肩に穴を空ける。


「びぎやああああああああああ! ごの、うじむじ勇者ばああああ」


 この期に及んでまだ俺を罵るか。根性が座ってるな。


「何とでも言え。おっと、忘れるところだったな。矢は一本じゃなくて三本だった。後二つ穴を空けないとな?」




 組んだ腕を解いてマルセルの血の流れる右肩を、とんとんと勇気づけるために叩く。それだけでも堪えるのか、マルセルは顔をしわしわにする。


 さっきの穴から指一つ分を開けて、指を突き刺す。一回。二回。




「ぎぎ! がやぁああああああああ」




 俺の行為で傷つけ。どうだ? 俺を恨めよ。もっとな。今お前を支配しているんだぞ、この俺が。


 救ってやりたくなってくるな。慈悲深くなったもんだ俺も。




「後、胸の辺りもな」


 胸に指を突き刺す。


「ひあああああああああああああああああ」


「矢で射られたんだぞ? その再現なんだから我慢しろよ」


 マルセルの唇から何やら呪詛のような言葉が聞こえる。呪文かと思ったけど、どうやら本当に恨み言のようだ。




「何だよ。はっきり言えよ。俺が憎いですってな」


「……っは。あんたなんか、ただの自己満野郎よ」


 「自己満」も、俺が教えてやった言葉だ。


「自己満ね。お前が俺を捨てたのも自己満だろ? 潔癖腐れ王子のどこがいいのかまだ聞いてなかったな」




「彼はあんたなんかより百倍素敵よ。美しい金髪と、男とは思えない滑らかな肌。あんたは、粗野でやぼったくて、田舎者みたいだし」




「つまり容姿端麗なら何でもいいのか? 俺もこっちきてから銀髪になって数倍よくなったはずなんだけどな。そうか」




 人の気持ちが分からないのはどっちなんだ? まぁ嫌でも分からせてやるよ。


「後、ヴァネッサに背中を炎上魔法で焼かれたんだぞ? どうやれば忠実に再現できて、俺のあのときの気持ち分かってくれるんだろうな」




 焼かれる痛みというのを炎上魔法なしで体現させてやる。一番近しい痛みはこれしかない。




 切断魔法をまとったメスの指、十本。俺の指は竜騎士ヴァレリーに切断されて以来、痕が残っていて醜いな。




 もっと綺麗だったら処刑もえるのにな。服をめくって、その下から不死鳥のグローブなしでじかに肌に触れるのは、罪深いもんだな。マルセルであって肉体はメラニー。メラニーの背中は筋肉質だな。




「っひ」


 メスの十本の指全てで肩を這わせるとメスの冷たさが伝わって息を飲んだか。


「焼かれるのはこういう感じなんだよ」


 マルセルの罪深い背中に指を引き下ろす。ゆっくりとな。


「っいいいい! ひぎゃあああああっ! ……ああああああぁぁ」




 短い悲鳴と長い悲鳴。少しずつ荒んだ俺の心を癒してくれ。回復師だろう、マルセル? 俺を癒すこともできないっていうのか。




「ごのおおおおお! あだちになにしてくれてんのよおおおおおお」




「お、いいね。俺を怒らせた罰だ。猫の引っ掻き傷じゃないぞ。俺のは本物のメスだ。どんな肉でもサクのは任せろ」


 背骨の横を通過して、腰まで来ると手を止めた。


「っうぶうううう」


「ははははは! 泣き顔もブサイクだなマルセル」




 さて引き抜くかどうするか。しばらく血が滴るのを眺めてから解放してやる。




「俺を見ろ」


 ほとんど無意識に言い放った俺の冷たい声。不思議と客観的に聞こえた。自分の声ではないように語尾が震えている。




「俺の目をちゃんと見ろ」




 俺が拘束された日と同じセリフを吐いた俺。呼吸で上下するマルセルの肩を眺める。


 マルセルは振り向く気力もないのか、額から汗を垂らして口からは叫んだときに飛び出たよだれが残ったままだ。




 まだ。拭う気力もないよな。だが、俺はマルセルが振り向かないことに苛立ちを覚えた。


 どうすればこのクソアマは俺を見る? 俺を捉える? 俺を愛するんだ!


「っふ。あはは」


 今のはマルセルか、メラニーか。両方だな。よく分かってくれてるな。


 こんなものじゃ俺が満たされないことを。

 

 俺はできるだけ顔に何も出さないようにする。まあ、表情筋が頬の皮を剥がれたときに減ったから、自然に残忍な顔になってるだろう。




「キーレ。あたしを殺しなさい」




「?」




 マルセルが泣きはらした顔で振り返って俺の血まみれの手を取って、メスである指と生身の指を交差させる。マルセルの指から血が出る。




 でも、そこに愛情がないのはお互いに承知している。俺の冷たいメスの指とマルセルの温かい血だけがある。


 色っぽく煽ってきたな。ここでこの女の顔を舐めようものなら、俺の負けか。




「俺はお前の死体しか愛せないぞ」


「この身体は諦めるわ」


「ちょっとマルセル!」


 メラニーが抗議するのをマルセルは口を閉じてぴしゃりと退ける。


「あんたはメラニーを殺す。あたしはまた人形の姿に魂を戻すことになる。それだけよ。あんたはこれで満足かしら?」


「よく分かってるな。俺はお前を一度殺したぐらいじゃ満足できないんだ。せめて二度は死んでもらわないとな」




 実際に死ぬのはメラニーただ一人。でも、マルセル。お前冷や汗かいてるぞ。さぁ、じっくり恐怖を味わって死ね。




 マルセル、いやメラニーの首をぐるりと囲むように指で線を引く。引き剥がされる皮。涙のように流れる血。


 マルセルとメラニーの絶叫と、恐怖で引きつった口。




「マルセル。首を洗って待ってろなんて、ベタな台詞は言わないでやる。その代わり俺が次に現れたときは、お前の喉に食らいつくから怯えて待ってろ」



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