第65話 化けの皮

 メラニーの両手首を人差し指でなぞってやる。青い血管の上から固い骨の上を通って丸っと一回転。




「これは私を処刑するおまじない?」




「そう、もう切れてるぞ」


 断面がゆっくりと見えてくる。おお、恐ろしな。血肉に骨と、血管も。


「ぎゃあやややああ」


「これまた独特な悲鳴で、面白くなりそうだな」




 切り落とした手首を、ナイフや芸の小道具のある部屋の隅に放り投げる。


 血しぶきをあげて抵抗する腕を無理やりつかんで、その血に唇を押し当てる。すするのは、下品かなあとか思いながらちょっとだけ舐めてみる。


「ぎあああ、野蛮勇者ああ」


 でも、変だな。騎馬騎士たち誰もこの悲鳴聞いても飛び込んで来ない。ということは、俺を監視しているだけか。メラニーがこんな状態なのに? 腸でも引き抜いたら慌てて飛んでくるだろうか。




 メラニーの腕の抵抗がなくなったので、目を見て思わずぎょっとしてしまった。メラニーは両手がない状態で腹を抱えて爆笑している。目には涙を浮かべているし、唇は引きつっているから痛みは感じているはずだが。




「ぁああ、痛ったああ、あははははは。今の痛かったよ。で、でも、もっと、何かできるんでしょ? 魔王討伐した後、お前が更にやばい魔法使ってるって聞いてたけど、せ、せ、切断って、笑える」




「調子に乗るなよ。生贄サクリファイスが笑っていいわけないだろ」




 俺は不死鳥のグローブをあえて外して、全力で殴った。拳の力のみでこの女の痩せた頬を打つ。真っ赤な唇から飛び散る歯と血。色っぽかった目が片目で俺を睨む。




 そうだ。それだ。そう来ないと、はじまらないだろう? 俺の血が湧きたってこないだろう? 




 反対側の頬を容赦なく殴る。おっと、今度は歯を食いしばって耐えて見せるじゃないか。楽しいねぇ。悔しかったら、手のない腕で俺を殴ってみろ。




「ほら、どうした。俺は優しいからな。ちょっと手を休めてやるよ」




 そう言って両手を広げてウェルカムと無防備になってやる。歯噛みしてるのか? 悔しいのか? 




「騎馬騎士団ご一行様は俺をほっといていいのか?」


 わざと聞こえるように言ってやる。案の上、びびって誰も来ないか。騎馬騎士団長様も恐れをなしましたか。そりゃそうだよな。事実上、最強だったセスルラ国の第一騎士団長ヴァレリーを俺は処刑サクった男だ。




 もう一発、今度はメラニーの腹を殴る。さっきまでお世話になっていた腹を凹ませるのは爽快だな。メラニーは吐息を吐いただけで、耐える。これは面白くなりそうだな。


「内臓破裂魔法」


 メラニーの腹がびくんと波打つ。確かな手ごたえ。一瞬、目を剥いて俺を恨めしそうに見上げて血反吐を吐く。赤い唇を更に赤くしてやった。そのぐらぐらの頭をつかんで、頬をパンパンと軽く叩いてやる。




「しっかりしてくれよ。俺は処刑サクるのに時間をかける派なんだ。ほら、骨折魔法」


 両ひざも折っといてやる。


「いぎゃあああああああああああああ」


 ベッドの上でこの女は自由になったわけだ。立つことはおろか、抵抗することもできない。




 随分大人しくなったので、そのツインテールの髪にそっと触れていると、メラニーは高らかに笑い始めた。




「っははは。っあっはは。っあははははは」




 この痛みでおかしくなったか?




 俺はメラニーを突然抱き寄せたい衝動に駆られて、彼女を引き寄せて胸に抱いた。だが、メラニーはずっと笑っていて様子がおかしい。


「いっひひ。あははは。あ、あんた。お、終わりよ。終わったよ」


「あんた?」


 あんたっていう言葉遣いしてたっけメラニー。




「あはははは。まさか爽快すぎて、まだ全然気づかないの?」




 爽快。確かにそうかもな。でも、何をそんなに喜んでいるのか。もしかして、ドM?




 俺が訝しく思っていると脇腹に激痛が走った。切断して転がっていたはずのメラニーの手がナイフを握って、俺の脇腹を刺している。




「ぐあああ!」




 くそ、メラニーがこんなことできるはずがない。膝をついて、メラニーを確認するように見上げる。




 醜くゆがんだ唇。俺を見下したような瞳が緑色に輝いている。




 俺のよく知る目の色。ま、まさか。そんなことが。




「あら、今頃気づいたのキーレ? 元カノのことを忘れるのって酷くない?」


「……マルセル」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る