第14話 包囲網

 リフニア国の国家魔術師は、三種類ある。回復魔法専門の魔術師である国家回復師。攻撃魔法など得意とする戦闘魔術師。




 そして、詠唱団えいしょうだん。勇者の召喚を行ったのも彼らだ。


 召喚獣や使い魔など、召喚と詠唱を専門にしている。


 長期に渡ってバリアを張ったり、建築魔法などの雑多な魔法も扱う。




 ふはは。詠唱団の輪の中かぁ。もう空間隔離魔法で閉じ込められちゃってるってことだな。




 でも、団体様で来られたってことは、個人での束縛魔法で俺を捕まえる勇気がないからだろ?




 まあ単純にみんなで合唱する方が、魔力も上乗せで強力だからだろうけど。




「元勇者もここまでのようだな」そう言って指揮を執っているのはやはり、リフニア国エリク王子の側近モルガン。




 オペラ座で逃げ出したわけではなく、しっかり準備してきたな。


 でも、二日間お前が来なかったから、王子は怒ってると思うぞ。逆に、今姿を見せたということは俺を仕留める算段がついたとか?




 で、詠唱団の輪の中の俺と一緒にいるこの騎士は誰だ? 年は三十前半ぐらいで、刈り込んだ栗色の髪に、精悍せいかんな顔つき。


 心当たりもないし、見覚えもない。


 俺の処刑リストにも入っていない。でも、鎧の肩に入った紋章は隣国ノスリンジアの紋章だ。


 隣国のおっさんが何の用?




「武器のない丸腰の元勇者か」


 勝手に内ポケットから魔導書を引き抜かれた。


 魔導書は百ページ以上ある辞書サイズだが、ポケットに入るときは小さくなる優れもの。出したときも重さがない。




 いわば、俺のステータスオープン! 女神フロラ様はアナログだな。




 というより、この男、人の冒険の数々を勝手に読むんじゃねぇよ。冷ややかに睨みつける。




「ッフ」


 え、笑う要素ある?


「おい、見せろよ」


 俺は自分の魔導書に食い下がる。生き返ってからメモ欄しか見てなかった。呪文も冒険も全て頭に入っているのに、必要ないからな。




「寝取られた勇者か」


「それ、まさか書かれたままなのか!?」




 謎の騎士はこれ見よがしにページを開いて見せた。地図やアイテム目録、新しく手に入れた魔導書なんかは、この一冊に収束して管理される。




 冒険の記録の欄……。勇者キーレはエリク王子にマルセルを寝取られた。から、更新されていない。




 女神フロラ様! ちゃんと魔導書のセーブデータ取ってくれよ! 俺のマルセルが寝取られたままじゃん。あのアナログばばあ!




「お前、俺のこと笑ったよな? 今、頭に来てるんだ。その腕へし折ってやろうか?」


「威勢がいいのはいいことだ。私も貴様をただ生け捕りにするのはつまらないと思っていたところだ」


「生け捕りねぇ」




 俺は満面の笑みで騎士を見上げる。随分と、挑発的な態度を取る男だ。そうやって見下してずっと笑ってるといいさ。


 骨折魔法は骨以外も折れる。指で、喉元の刃を押しのける。俺の指はメスだから、触れると金属同士のぶつかる音がする。


 騎士は素早く刃を引き離した。




「賢明だな。良い剣が台無しになるところだったろ?」俺はすくっと立ち上がって伸びをする。寝起きって辛い。それから、手招きする。




「殺す気で来な。誰だか知らないけど、舐めた態度取られると、お前の命が欲しくなってくるだろ?」




 また、騎士の男は喉を鳴らすように笑った。




「そうか、貴様から生け捕りを拒否してくれるとは助かるな。私もできることなら生け捕りなどという生易しい手段は取りたくなかったところだ」




「で? お前誰なの?」


 よくぞ聞いてくれましたというばかりの笑み。指を額に当てて前髪をかき上げたときに見開かれた目は、血を流す獲物を追う鮫みたいに獰猛だ。俺は、こいつの妄想の中で既に酷い目に遭わされているらしい。


 うわ、気持ち悪い。こんな男に執着される覚えはないぞ。




「私は、隣国ノスリンジアの騎士団長であり、マルセル姫の兄。グスタフだ」



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