第4話 殺して下さい勇者様!
「姫様? 俺の仲間としてのプライドは捨てちまったのか? エリク王子のどこがいいんだよ」
マルセルが俺の言葉を無視してヴィクトル蘇生を試みる。心肺蘇生魔法。心肺停止後二時間以内の使用が許可されている。病人には効かない。俺は好きにさせてやった。
マルセルの緑の瞳は閉じて、額には汗。内心震えあがっているだろう。その、耳元で囁いてやりたい。だけど、俺を意地でも無視して詠唱に集中しようとする姿勢を見ていると、やっかみの感情が鎌首をもたげてくる。
俺と王子のどこが違う? どっちがお前を愛していたか言ってみろ? と。
エリク王子は腸の拘束を、解こうと必死だが目には涙さえ浮かべているではないか。
ほらな、こいつは気取り屋で本当は情けない男なんだよマルセル。こいつのどこに魅力がある?
俺より劣る王子様か――いいねいいね。お、いけね、笑いが堪えられない。
「……っははは。ははははははははははは!! なんてざまだよ、エリク王子様? その歪んだ表情もっと見せてくれよ。俺に。そうだ。この俺にだよ。元勇者の俺にその悔しそうな顔、見せてくれよな」
とうとう、モルガン側近が逃げ出した。
「おいおい、王子様! 見捨てられてるぞ! いいのか?」
「貴様、この魔法を解除しろ! さもなくば……」
「さもなくば? なんだよ」
俺をどうする? 捕まえるか? 殺すか? また前みたいに処刑するか? 楽しみだな。どうしてくれるんだよ?
「さもなくば……」
あ、これエリク王子のマルセルのための時間稼ぎだ。
マルセルは回復魔法専門の回復師だが、攻撃魔法も使えるから魔王討伐に連れて行ったんだった。
マルセルが火の玉を両手に浮かべて放つ。二メートルほど飛ぶとそれが竜の姿に変える。
お、いきなり魔王に止めの一撃の一つとなったそれで来る? それで来ちゃう?
興奮してきた。俺を食おうと炎の竜が覆いかぶさってくる。
その技で来るってことは、俺は魔王より上ってことだろ。こうしなければ勝てない、そうだろう?
ああ、こんな状況じゃなかったら俺の
俺は炎の竜を指で軽くなぎ払う。
俺のメスとなった指は炎の魔法は全て切り裂ける。炎が晴れて消え去り視界も良好だな。煙さえ残らない。
「ああ、愛おしい。愛しのマルセル。どうしてお前は姫なんだ?」
ちょっとロミオとジュリエットっぽいか? だけど、この狂おしい気持ちは恋愛ものの悲恋!
俺は化け物にでも何にでも成り下がるぞ。お前を喉から手が出るほど引き裂きたい。
ああ、そうともお前は俺の獲物であり、生贄。
「なんなのあんた。未練たらしいウジ虫! 性欲の塊なんだから。いいこと、あたしはもう王子と結婚したの。あんたは一人で自分でも愛してなさい」
汚らわしいものでも見るように吐き捨てたその言葉。俺の感情を逆なでするには十分だ。
このクソアマが。相変わらず根性が腐っている。
「てめえには愛想がつきてるんだよ! その潔癖腐れ王子と寝て満足か? ああ? あいつ童貞だったろ? 俺の方がお前の中まで愛してやれたってのに」
俺はお前の髪をくしゃくしゃにして愛してやった。
お前の柔らかい二の腕に接吻をしてやった。
お前の小さい手を握ってやった。
数々の日々をお前はエリク王子とともに、なかったことにした!
お前は俺のことをもてあそんだ! 俺を踏みにじった!
「はぁ? あんたなんか、魔王を倒してなきゃ、ただのその辺のモブといっしょよ!」
モブは、俺が教えてやった概念だ。生意気にこういうときに使ってくるとは。口うるさい女だ。
「じゃあ、お前のそのうるさい口から舌を抜いてやるよ」
マルセル姫を引き寄せるのに、王子に巻いていた腸を俺の指にまとった切断魔法で切断して半分よこした。うん、まあ悪くないか。
「愛してるぞ。今も」
俺の
その輝きが失われる前に、マルセルの両手を後ろ手に縛る。
俺は心を静めて目を閉じる。
やめなさい! とか罵るそのわがままな唇に口づけする。彼女の舌を噛み切って引き抜く。歯に切断魔法をまとわせるのは、我ながら少しエロチックだな。
「ぬぎゃあはああああ!」
なかなか、素敵な悲鳴だ。今まで数々の女の唇を奪ってきたが、濃厚な悲鳴だな。
ビターチョコレートの味がする。
彼女の泣き顔は見たくないと何度思ったことだろう。
だけど、俺の身勝手な行為で泣き叫ぶ彼女の顔は
俺の行為で傷つく彼女の顔はもっと見たい! 見せてくれ!
俺はそれを愛と呼んでやるとも! 愛とは憎悪も憎しみも含む! 俺はお前を殺して愛す!
王子の目の前で俺はそれをやった。頬が紅潮しないようにする。
だって、俺はマルセルを今愛してはいけない。
殺してから愛するんだ。
彼女を裸にして抱き寄せて唇を噛みちぎってよだれを垂らして胸をもむ。
ああ、やばい。俺って異常者で最高。
はっきり言って、もう王子なんてどうでもいいや。だめだだめだ。王子に見せつけてやらないと。
非常に勿体ないと思いながら彼女の悲鳴と絶望の入り混じった顔を王子に向けさせる。
首筋の産毛に俺はため息交じりの吐息をかけた。マルセルは姫という立場上、気丈に振舞っている。俺には屈しないと? うなじの鳥肌を早く舐めまわしてやりたくなる。
こんなに近くにいてまだ俺を拒むのか。俺には手に入れさせないと。
「王子様にさよならを言いな」俺は耳元で告げる。彼女の瞳孔が見開かれる。
エリク王子が首を何度も振る。
「や、やめろ、だめだだめだ! 彼女に何をする!」
彼女の首に指で線を真横に引く。メスの指は、彼女の首筋にきれいな血の線を入れる。
首の皮がべろりと剥がれる。
「……くっ……っか……ぁぁあ」
首をじわじわと切断するのは楽しいな。それもエリク王子の目の前で。
マルセルは手が使えないので、顎を引いて圧迫して止血を試みるが、無駄だ。
血ってのは一度噴き出ると自分ではどうすることもできないもんだ。
「マルセルうううううう! ぼ、僕の彼女に、貴様! なんてことを! このクズが! マルセルううううう! マルセル、ぼ、僕のマルセルがあああああ」
彼女がこと切れてからの王子は俺をありとあらゆる言葉で
だけど、もうお前は遅いんだよ。
これから地下牢に繋いでありったけの拷問をしてやる。そう、俺はマルセルだけでなくお前も処刑したいんだよ。
取り乱して泣き叫び、
「ゆ、勇者よ! 話を聞こうじゃないか?」
やっと次の標的がお前だということに気づいてくれたか。
嬉しいね。俺はマルセルもそうだが、お前に借りがある。
俺は処刑されるまでの間、毎日拷問されていたんだ。
自分の命が尽きるのを毎日感じていたんだ。痛みも恐怖も凌駕して、ついには処刑日が来ることの方が嬉しいとまで感じるように感覚が麻痺したんだ。
「もう遅いんだよ」
「た、頼むから見逃してくれないか? 仮にも僕は王子。今ここで僕を殺せば貴様は大罪人だ」
「大罪人ね? 前にもそう言われて俺、処刑されたんだっけ」
俺はありもしない罪で火あぶりにされたんだぞ? マルセルと恋仲だったというだけで罪をでっちあげられたんだぞ?
王子に巻いてる腸をつかんで王子を引きずっていく。
エリク王子は、助けて助けてと泣き言を叫びはじめる。いやいやいや、早いから。泣くの早いから。
期待を胸にオペラ座を去る。俺を拷問したあの地下牢の拷問部屋でこいつを
絶望して自ら「殺して下さい勇者様!」と言うその日まで。
俺にはお前がそう叫ぶのがもう目に見えるぞ。
「サクサク、
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