第3話 オペラ座の勇者
俺はただ、オペラ座の歌姫の後ろからその腹に腕を貫通させただけだ。人体破壊魔法の一つ。貫通魔法。
でも、俺の自慢はやっぱり切断魔法。
ほら、赤い手袋「不死鳥のグローブ」の上からでもつやつやと照明の光を反射する俺の五本の指。
血が伝って光る様は刃物そのもの。
会場のみなさんにも、よく見えるように指を突き出して見せつける。
「俺の指は十本全てメスと同じ切れ味を持つ。お前ら全員、サクってやるよ」
歌に夢中だったエリク王子と目が合う。俺の血まみれの姿を見て、恐れ戦いた表情がたまらない。
何故処刑された俺が生きてるかって? それはな!
「お前を
王子は言葉を失っている。オペラ座の客席は沈黙で凍りついている。
「やっぱりあんたなの? あんたどの面下げて出てきたのよ」
王子より先にマルセル姫が客席から飛び出してくる。そりゃそうだろう。
「俺のかわいい回復師ちゃんだ。久しぶりだな! 裏切ってくれてありがとう」
なんたって、元仲間。俺の魔王討伐パーティの一人だもんな! 死んだはずの俺に一番恐怖するのはお前だもんな。
だけど、あまり驚いた素振りは見せずに俺と目が合うなり、見下した視線を投げてくる。今夜も王子と寝るつもりだったか?
「懐かしいなそのクソアマ具合。お前の美しい緑の瞳も台無しになるぞ。フランス人形みたいにかわいいのにな」
マルセルは鼻を上に向けて俺を嘲笑った。栗色の波打つ髪がはらりと舞う。
懐かしいな。仲間にサクっと勧誘したときは、隣国ノスリンジアの屋敷に住まう令嬢だった。
「あたしはね、あんたみたいな陰気な男と冒険して、ずっと楽しんでたわけじゃないのよ? あんたはばかみたいに魔王を倒す義務感なんか抱いちゃって、王子みたいに好き勝手に生きれば、ちょっとは見直してやってもよかったのにね」
いきなり俺をこき下ろすとは感心するな。まあ、これから恐怖の渦を巻き起こすんだ。
敵意丸出しなのはある意味、
「会って早々に好き放題言ってくれるな。いいねぇ。マルセル。お前のいちごみたいな唇の味を思い出すな」
味の形容をしたことで、マルセルの顔が怒りでさっと赤くなる。俺とお前で唇の味の認識が違うらしい。俺だって今もう一度キスするのなら、甘酸っぱさよりも濃い味を所望したいところだな。
「あんたは、その蛇みたいな根性なおした方がいいと思うわ。ほんと、勇者っていうより化け物ね」
化け物? そうだろうな。一度死んだ人間が生き返っていい道理は俺もないと思う。だけど、俺は女神フロラ様に生き返ることを許された存在だ。誰も俺の存在を否定できない。
俺自身も俺のことをどう説明していいか答えは出ていない。だけど、やることはただ一つ。明確に決まっている。
「お前を処刑してやるから。俺への
一方のエリク王子はというと、もう泣いてやがる? オペラ座の歌姫の死体に恐怖したか? 腹を貫通させただけだぞ。俺の復讐劇のはじまりにすぎないっての。
それにしても、この程度で泣き顔を拝めるんじゃ、これから先どうなるんだろうな。あのへの字型の口。ほんと笑える。
それでよく人様に何日にも及ぶ拷問ができるな?
ほら、背中が腫れるような痛みがするなぁ。せっかく赤ん坊より新鮮に生き返ったのに、これじゃあ面白くないな。痛みはすぐに幻だと分かったけど、思い出したくなかったな。
気が狂いそうだ。俺はこれをお前に与えてやりたい。
「なあ、エリク王子。これから遊ぼうぜ」
腕をオペラ座の歌姫の腹から引き抜く。ステージ上に倒れて、足元に鈍い衝撃が伝う。
その音に驚いた観客席は悲鳴に包まれる。今まで恐怖で固まってたんだろうな。
確かに逃げるなら今だ。お前らは正解だ。
「お、いいね! これから俺の独壇場ってわけだな!」
もちろん、自分で自分のために用意した最高のステージ!
役者はそろっている。俺を裏切って王子と寝た女、マルセル姫。
「今は姫だって言うんだもんな! 俺と仲間だったころは国家回復師の免許も取れてない、隣の国のお嬢様だったてのに、出世したもんだ。笑わせてくれる。そして、潔癖症腐れ王子のエリク! いつもすまし顔で誰でも彼でも見下した顔をする拷問好きドS王子を本日、
「あんた何を勝手に決めつけてるのよ! サ、サクるって何!?」
「ああ、マルセル。サクリファイスだ。俺は処刑された。されたから処刑し返す。元はと言えば、お前が俺を捨てたのが悪い。お前らのせいで俺は罪人になったんだぞ」
「そ、そんなの。あんたがうぶな坊やだから、騙されるんじゃない」
「うぶと来たか。これでも俺十四でこっち来たんだ。で、今年十五。俺と寝たお前も、うぶな女なんじゃないか?」
「マ、マルセル! そいつは幽霊か? 話に取り合うな」
「エリク王子様、これはこれは、勇者キーレにございます!」
俺は大げさにお辞儀する。それから手近な客席の一人に指を向ける。
ちょっと指をひねると、その女の腹から腸が糸のように伸びてくる。それでエリク王子を
「うわああああ、何してくれている!!!」
残念なことに復活した今の俺は、人体破壊魔法しか使えない。
拷問されて使える魔法が全部吹き飛んだ。
だから、両手を掲げて会場の人間を閉じ込める空間隔離魔法を使えないから、誰かを拘束するときは腸を使わせてもらう。
でも、人体破壊魔法さえあればそれでいい。俺に唯一残された救いの魔法。
俺自身が俺を救う戦いがはじまるわけだ。
「貴様! 一体全体、どうして生きている!」
「知るかよ。俺はお前だけ
「何たる狼藉! 王子になんてことを」
側近のモルガンが杖で王子に巻きついた腸を叩いて解こうとするが、そんなものは無駄だ。
観客はほとんど逃げてしまって、代わりにリフニア国、王国騎士団が突入してくる。
王国騎士団団長ヴィクトル様の登場だ。
「貴様、まさか勇者か? 貴様は我が剣で腸に穴を開けたはず。そして王子の拷問の末に処刑されて死んだはずだ」
「そうそう、お前だよな。俺の腹に穴開けてくれたの」
忘れちゃいないさ。今日、このオペラ座でお前ら全員死ぬんだよ!
「まず、最初に料理しますのは、騎士団長、あなたでよろしいでしょうか?」
俺はあいさつ代わりに手まで添えてお辞儀する。ダンスのお伺いを立てるみたいでちょっと気持ち悪いか?
「貴様、死に損なったか。ならばこのヴィクトルが、もう一度我が剣により死の淵へと追いやってくれよう」
前置きが長いよな。早くかかってこいっての。
剣による刺突が繰り出される。馬鹿みたいに突っ込んでくる騎士団長様には、反吐が出る。
ただ、スピードに関してはその辺の雑魚騎士とは一線を画す。
でも、魔王を倒した俺にスピードで勝てるわけがない。
見切った。ひらりと交わして、あいさつ代わりにその銀の鎧を手のひらでなぞる。腕を折る。骨折魔法。
あらぬ方向に騎士団長ヴィクトル様の腕が折れる。銀の鎧も軋んで、歪んでいる。
「ぐがああああ! 貴様……何をした!」
そう、人体破壊魔法は、勇者である俺にしか使えない。洞窟の奥で見つけた魔導書にやり方が載っていた激レア魔法だ。
だってこの世界の住人には人体破壊を目的とした魔法は必要ないから、知りようがない。
俺だって一周目の冒険をしたときは興味なかったし、まあ手に入れたからもらえるものはもらっとこうと思っただけだ。
生き返ってみて、いざこの人体破壊魔法の価値を認識したんだ。
復讐する魔法が欲しかったわけじゃない。痛めつけて殺す魔法を習得したかった。
その願いがすでに手に入れていた魔導書に記されているなんてな。
魔王にすら使わなかった魔法だが、今はとても便利だと感じる。
「はい、骨折。次は何にしようかな。破裂魔法系いきますか? 内臓破裂魔法とかもあるぞ。俺の腹に穴開けてくれたもんな」
俺は騎士団長ヴィクトルの有無も聞かずに鎧の上から左の手のひらを押し当てた。
「腹に穴でも空けるのか?」
ヴィクトルが喘ぎながら、質問してくる。うーん。
内臓破裂魔法でサクっと処刑するのはつまらないな。
「同じ扱いはしないって。俺は倍返しが好きなんだな、これが」
鎧の上から手のひらを押し込む。内臓に指の当たる感触。腸をつかんであっちこっちにねじってみる。
「ごあああ! げあああ!」
なかなかいい悲鳴だな。でも、もっと聞きたいなぁ。
腸同士を繋いだりリボン結びにしてみたり。
「ぎ、ぎゃあぁ、ごふぁあ! っぐうぅう!」
うん、なかなかいい。
ヴィクトルは、なおも呻いたり叫んだりしている。
「ま、いっか。
「ごあああ!」
腹を貫通する俺の拳。内臓破壊すると、血の色が黒くて汚いなぁ。
肺をつぶした方がきれいな赤に染まるのに。マルセル姫様には肺をつぶして鮮血をほとばしらせてもらおうか?
きつく結んだ唇で怒りの表情でマルセル姫は遠く離れたヴィクトルに回復魔法を唱えている。おいおい、怖がり過ぎだろ。
二メートル以上離れた距離からの回復魔法って、助ける気あるのか?
国家回復師失格だろ。
俺は動かなくなったヴィクトルの腹に死体蹴りを入れる。
「っひい」
マルセル姫は悲鳴を上げて詠唱をやめた。
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