第2話 オペラ座の悲鳴

 オペラ座。エリク王子の悲鳴好きは、もしかしたらあのソプラノ歌手の歌姫に感化されているのではないだろうか。


 玄関ホールにいても聞こえてくる、ぞくぞくするような歌声。


 俺が今から観客を全員血で染め上げてやろうかな? それから俺一人で拍手して劇場にその音を木霊こだまさせようか。鑑賞している王子はどんな顔をするかな? だめだだめだと、はやる気持ちを首を振って沈める。



「今日はエリク王子にサプライズするだけだって」


 死んだはずの俺の生きている姿を見るとどんな顔をするだろう? エリク王子、開いた口が塞がらなくなって、眉をしかめて泣き面になるんじゃないだろうか?






 シャンデリアが消えた青白い劇場で浮かび上がるオペラ座の歌姫。


 誰もが静寂を決め込んでいる中、エリク王子の側近モルガンは歌声にうっとりと耳を傾けていると、軽装の衛兵が腰をかがめてその耳に小声で告げる。


「不穏な空気が立ち込めていると、騎士団長ヴィクトル様が申しあげております」


「今、この席まできて言うことか。王子の耳に入れるようなことではかろう」


「それならあたしも感じるわ」


 王子の肩に手を置いていたマルセル姫が振り返って告げた。モルガンは眉をひそめる。王子は今両目を閉じてオペラに夢中である。


 王子の至高の時間を邪魔することは固く禁じられており、たとえ家来であっても容赦なく投獄する王子だ。だが、長年側近という地位を築いてきたモルガンでも、王子に取り入る方法はわきまえている。


「次の幕で休憩も入るであろう。そのときまでに、手早く調べるのだ。どうせ来賓結界の不具合とかそういった類であろう」


 オペラ座には、防音魔法のほかに王子が来席するときは来賓結界を張る。


 チケット所有者以外の人間を弾き出すことができるほか、結界内に入ると不審者をオーラで表示する空間魔法だ。


 仮に何かあったとしても王国騎士団の団長であるヴィクトルがいれば、全て警備には問題がないと自負している。少しマルセル姫が不安げな顔したが、いかがなされたのか。


「何か気がかりでも?」


「この気配。元彼の気配っぽいのよね」


 マルセル姫は今でこそエリク王子と婚約した姫だが、勇者の仲間にいたときには回復師として共に魔王に挑んでいる。


 勇者とは好意にあったはずだが、謙虚な勇者よりも傲慢で自由奔放に生きるエリク王子様との結婚を望まれ、今こうして王子を支える国家回復師となられたお方だ。


「その言い方はお気をつけた方がよろしいかと。勇者が処刑されたのはあなたも見たはずです。公衆の面前で服は焼けただれ、もう裸同然に焦げて朽ちていったではありませんか」


 しかし、そうは言ったもののモルガンは、魔王を倒した回復師のマルセル姫の直感に恐れを抱いた。


「あなたがそうおっしゃる根拠があるのです?」


「ええ、近づいてきてるのよ。でも、何だか以前とは別人みたいで、あたしにも断定できないわ」


 マルセル姫はエリク王子にそっと耳元で言付けている。


 化粧でもなおすと言って席を立ったのだろう。


 王子の機嫌を損なわないで席を立つ。なかなかお見事である。


「モルガンおじさまは、こちらでオペラの続きを鑑賞して下さってて」


 妙にかしこまった台詞回しだ。


「あたしも、もし彼が生きていたら会ってみたいんですもの。どの面下げて帰ってきたのかって」


 マルセル姫が席を離れたその瞬間、オペラ座の全てのシャンデリアが灯った。


 劇場が赤々と照らし出されオペラ座の歌姫が戸惑っている。と、そこで歌姫が悲鳴を上げる。その身体から真っ赤な血が噴出する。




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