第3話 千里眼の魔女と心の記憶(1/2)

 それにしても、顔の上半分をフードで覆っているのに、どうして見えるのだろう。


 ペポが何気なくそう思うと、イキシアと目があった気がした。


「……ペポちゃん、今『目が見えてないのにどうやって見通してるの?』って思ったでしょ?」


「バレました?」


「ふふふ。かぼちゃ頭だから分かり辛いように見えても、貴方って意外と感情が表に出やすいタイプなのよ?


 千里眼なんて使わなくても、ペポちゃんの顔を見れば何考えてるのかくらい分かるわ」


「イキシアさんは経験豊富ですからね。薬を売りつつ、多くの人の悩み相談を受けてきましたから、人の表情から感情を読み解くのは慣れてるんでしょう」


 と、ダンは紅茶を飲みながら補足する。


「ダンは分かってるわねぇ。ここで『年の功』なんて言ったら、さっきの報酬減らしてやろうかと思ったわ」


「そうなったら、こっちはさっき届けた品物を元の場所に返しに行くだけですよ?」


「それは困るわ! 貴方以外に私の依頼を受けてくれる配達人はいないのに!」


 店先で交わした冗談とは立場が逆転し、今度はイキシアがむくれてしまった。


 妖しげな雰囲気を纏った女性が幼児のように不機嫌になるギャップが可笑しくなり、ペポとダンは笑い始める。


 彼らの爽やかな笑いにつられてイキシアも微笑み、『魔女の休息』は暖かな声で包まれた。

 

 そして笑い飛ばした後、イキシアはペポに自身の秘密を伝えた。


「さっきの話だけど、私は『全てを見通す目』を持っているわ。


 でもこの目は不便でね、視界に入るものの情報が際限なく入ってくるの。だから得られる情報量を制御するために、こうして目元を覆っているってわけ。


 端から見たら何も見えないだろうって思うかもしれないけど、こうして目を隠すことで、私はようやく普通の人と同じ世界が見られるのよ」


 なるほど、とペポは相槌を打つ。


 一見便利そうな目ではあるが、見たくない物まで無尽蔵に脳内に叩き込まれる状態で生活を送るのは一苦労だろう。

 

 こういう時になんと声をかけるのが正解だろうか。


 記憶のない少年には最適解を導き出すのは困難だ。なので余計な言葉で飾らず、ありのまま思ったことを伝えよう、とペポは思った。


「凄いですね、イキシアさんって。見たくない物までずーっと見える目を持ってたら、きっとこうして誰ともかかわらずに一人部屋で籠っていたくなりますよ」

 

 ペポの言葉を最後に、店内に沈黙が流れる。


 ――もしや気に障ることを言ってしまったか。


 かぼちゃ頭の少年があたふたとしていると、千里眼の魔女は微笑を浮かべた。


「うふふふ、貴方って素直で優しい子ね。とてもあの上位存在にすごい剣幕で怒ってた子とは思えないくらい」


 イキシアの言葉を聞いて、ペポの頬は赤く染まっていく。


「も、もしかして……アレも見たんですか……?」


 イキシアは口許に手を当てて、微笑ましそうにペポを見つめてきた。


「ええ、やり取りは一部始終。

 だって『貴方の記憶を覗かせてもらうわね』って言った時に『見られて困るものはない』って返したじゃない。


 丁寧なペポちゃんもいいけど、あの素をさらけ出した姿もいいと思うわ」


 しまった、とペポは頭を抱えた。


 彼女に了承したのは、自身が車に撥ねられた時の記憶しか持たず、その刹那の光景は見られても困るものではなかったから。


 まさか謎の存在との邂逅も『ペポの記憶』として刻まれて覗かれるのは想定外だったのだ。


 今のペポは、隣にいる壮年の紳士に倣って敬語を通している――つまり、猫を被っている。


 しかし記憶をなくして混乱していたと言えど、かつて初対面の相手に偉そうな態度でまくし立ててしまった過去は拭えない。ましてや神にも等しい存在に対してだ。


 そんな情けない黒歴史を魔女に見られてしまい、かぼちゃ頭の少年は穴が入りたい思いでいっぱいになる。


「ん? 上位存在? なんです、それは?」


 羞恥でのた打ち回りたい気持ちでいっぱいの少年をよそに、ダンはイキシアに問いかける。


「ペポちゃんをこの世界に送った張本人よ」


「ふむ……では、その上位存在とやらは何か見えましたか?」


「いいえ、それこそ無理よ。

 本来はああいった存在こそが、私や他の魔法使いたちを以てしても、太刀打ちできるモノじゃないの。私たちより遥か上の次元にいるからね。

 だからこそ、あの異邦人から何も見えなかったのが悔しいのよ」

 

 少しばかり冷静さを取り戻したのか、ペポは


「そういうもの……ですか……」


 と、再び会話に加わった。


 込み上がってきた恥ずかしさを誤魔化すために、紅茶を勢いよく飲んでいった。

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