第2話 遊園地の薬屋(2/2)

 薬屋に入って奥にあるテーブルに、ダンとペポは隣り合ってかけた。


 カウンターの奥からは、イキシアが淹れたてのホットジンジャーティー入りのカップを持ってきて、二人に手渡す。


「はい、どうぞ。外は寒かったでしょう? これ飲んで温まってちょうだい。……まあ、この世界は年中暗くて寒いままだけどね」


 ペポとダンは彼女に礼を言うと、コクコクと喉奥に紅茶を流す。


 かぼちゃ頭の少年にとって、初めての異世界での飲食だった。


 茶葉の芳醇ほうじゅんな香りが鼻腔びこうをくすぐり、生姜しょうがのピリリとした辛さと、ほんのり混ぜられた蜂蜜はちみつの甘さが舌を刺激する。


 一口二口飲み干すと、体中にじんわりとジンジャーティーの暖かさが広がっていき、生姜の効果も相まって体の芯からポカポカとしてきた。


 二人が一息つくと、イキシアはカウンターを挟んだ向かい側に座ってこう言った。


「結論から言うとね、は、ペポちゃんと同じ世界から来た人よ」


「ほ、本当ですか!?」


 イキシアから告げられた真実に、ペポは驚きのあまりガタッと椅子の上で立ち上がってしまった。すると少年は、感情的になる悪癖を出してしまったことに気づき、すぐさま座り直す。


「ええ、本当よ。ペポちゃんの記憶――と言っても、何か大きなものに跳ね飛ばされそうになった瞬間の記憶しかないけど。それと彼の記憶を照らし合わせてみたら、建物や言語、文化が同じだったの。だから、貴方と彼は同郷のよしみだと分かったってわけ」


「……イキシアさん、彼の記憶を覗いたことがあるんですか?」


 ダンの問いかけに、千里眼の魔女はコクリと頷く。


「ええ、一度だけ。

 ほら、数日前に彼がこの街に訪れてたでしょう? その時に遠目から見て、なんとなく違和感を感じたの。彼、まるで自分の意志とは違う別の何かに従って動いているみたいで……。だから彼が何者なのか知ろうと思って、千里眼を使って記憶を覗いてみたのよ。

 でも見えたのは一瞬だけ。雪が降る夜に、何か大きなものにねられそうになった記憶がね」


「えっ……!?」と、ペポは思わず言葉を失う。


「そう、。貴方の記憶が不鮮明だから全てが一致していると断言できないけど、でも奇妙なことに


 どういうことだ、とかぼちゃ頭の少年は思考を巡らす。


 自分と同郷の者だと知った時は、仲間ができた安心感が芽生えた。が、イキシアが話した奇妙な偶然を聞いた後では素直に喜べない。


 もう一人の異邦人と自分には、一体どんな繋がりがあるのだろうか。偶然にしてはあまりにも出来すぎている。唯一、謎の日本人と自分の違いをあげるとすれば、彼は記憶を有しており尚且つ人としての肉体を失っていないということだ。

 

 深まる謎を紐解こうとしているペポをよそに、ダンはイキシアに尋ねた。


「他に何か見えたものは? 彼の名前とか、顔とか。同じことをペポさんから質問されたのですが、僕は分からず仕舞いだったので……」


 妖艶な魔女は首を横に振り、どんよりと肩を落として告げる。


「ごめんなさい、分からないのよ。彼の素性を掴もうと思ったんだけど、見えたのはさっき言った一瞬の記憶だけ。

 おそらく、彼が着てたローブのせいだわ。魔力や呪術といった類を防ぐ魔法がかけられてたのよ。その後も彼の記憶を覗いたり、足取りを追おうとしたけどダメだったわ」


「ふむ……まさか、千里眼の魔女でも全て見通せなかったとは……。

 イキシアさんよりも上位の魔法使いか、もしくは伝説級の化け物からローブを入手した物の可能性がありますね……」


 ダンはいぶかしげに顎に手を当てて物思いにふける。


 そんな最中「あの……」と、ペポは恐る恐るイキシアに尋ねてみた。


「その『千里眼の魔女』って、イキシアさんの通り名なんですか?」


 先程までの落ち込み具合が嘘のようだ。ペポの問いかけを聞くやいなや、蠱惑的な魔女は得意げに腰に手を当てて見せた。


「ええ、そうよ。物事の本質を見抜くのが私の得意分野なの。例えば、さっきペポちゃんにしたように『人の記憶』や、『物の記憶』も覗けるわ」


「えっ、物にも記憶ってあるんですか!?」


「もちろんあるわ。人も、生き物も、物も、食べ物も、何もかも。この世に存在する全ての物に『記憶』が存在するの。

 自慢じゃないけれど、この力を使って過去に事件をいくつか解決したことだってあるのよ。たとえ犯人が嘘を吐いていようとも、私には全てお見通し。

 だって私は人や物の記憶を見るだけでなく、見たものを水晶に投射することだってできるんだから。

 犯人や動機、トリックを見破るだけでなく、第三者に映像として提供することも容易――ふふ、非の打ち所がないと思わない?」


 イキシアは鼻高々に自身の力を誇示するも


「まあ、がここに来ることがなければ、そう語り継がれていたんでしょうけど」


 と、すぐさま気落ちしてしまった。


 魔女は自棄酒やけざけが如く、自分用に淹れた紅茶をグビグビと喉を鳴らして飲み干す。


「まあまあ、気を落とさずに。僕はイキシアさんでも出来ないことがあるって知って、好感というか、親近感持ちましたよ?」


「でもね、ずーっとこの二つ名で通ってきた私のプライドはガタ落ちよ。まったく、この私でさえも見通せないものがあるだなんてショックだわ。

 ハァ~~~……こうなったら、紅茶をがぶ飲みしてやるんだから……ッ!」

 

 ひどく落ち込むイキシアを、ダンは肩をさすって慰める。彼らのやり取りは、仕事の鬱憤うっぷんを居酒屋で晴らす飲み友同僚を連想させた。

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