22.マモルが誓った日

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 マモルが両親を失ってから数日後の事だった。一人の女の子がマモルの家へ赴く。


 庭が覗けるベランダで、一人空を見上げている男の子は何を考えているのか。

 実際には何一つ考えていなかった。頭の中を開けば空洞であることは一目で分かるほど、幼少のマモルには何も無かった。

 だからこそ、その時もまた空を眺めるだけだった。


 このまま一生こんな空っぽな人生を送るのだと、そう思うまで至った。それはまるで死んだような人生。


 だがしかし、一人の女の子はマモルに生きる全ての理由をくれた。


「マモルくん! あ、遊ぼ!」


 マモル家の庭に突如登場したのは茶髪でショートボブな女の子だった。


 認識は一応あったが、近所に住んでいる歳が同じという事しかマモルには知らなかった。


 一、二回殆ど遊んだ記憶はあったが、それが何処の誰との繋がりで遊んだかはどうしても思い出せなかった。


 ―――多分思い出そうとしなかったから。あるいは本能的にストップをかけていたから。


「……誰」


「えっと……、同じクラスのユミ。覚えてない? マモルくん最近学校来なかったから心配で……」


「……誰」


「え!? えっと……」


 その日の会話はそこで終わった。

 興味が無かったと言えば嘘ではない。だが学校という存在を忘れていたマモルは一度思い返してみる。返してみてからマモルの記憶の中に目の前の女の子と話をした記憶が無いことが分かった。


 だからこその誰―――。


 その日はその女の子もそのまま帰っていった。

 夕暮れになった頃、マモルはベランダから自室に戻る。


「そう言えば……、前にもクラスの誰か来たっけ……。誰だっけ……」


 ―――確か名前は……。


 そこでマモルの頭は止まる。


「忘れた。……どうでもいいや」


 誰かが来た。その誰かは一度来てから、二度と来なくなった。


 理由は分からないが、きっと今日来た誰かももう来なくなる。


 そうしてマモルは今日来た誰かを忘れようとしていた。

 だがしかし、その誰かは次の日も訪れた。


「マモルくん! 遊ぼー!」


「……誰」


「だからユミだって! それより何して遊ぶ?」


 昨日よりぐいぐい来るその女の子の存在は不思議に思った。黙っていても離れない。無視をしても一緒に空を見ている。

 何が楽しくてそんな事をやっているのか分からないが、それは毎日続いていく。



 そして雪が降り、積り、溶ける。

 そして春が来た。


「マモルくん、学校一緒行かない?」


「……学校……」


 行かなくなってから何日経ったのだろうか。分からなかったが、学校がどんな所だったのかすら分からなくなった。


「ユミも行ってるのか?」


 相変わらずベランダで空を眺めていたが、マモルは隣に座る女の子の名前を覚えていた。


「うん! 一緒に登校しよ!」


 明るくこちらに顔を見せるその表情でマモルはその学校とやらに行くことを決めた。


 そうして次の日から毎日学校へ一緒に登校する様になった。

 小学生が男女二人で登校するのは周りから酷くからかわれ、笑われた。だがマモルにはそんな事は気にしていなかった。隣にいるユミ以外の人間はただの背景でしかないと思っていたからだ。


 だからこそ、それは毎日毎日毎日毎日続いた。だがそれが何なのか、マモルには分からなかった。

 それが何になるのか、それがどこに繋がるのか、それが生きる意味なのか。


 それら全ての疑問が最も膨れ上がったのは、マモルの両親が殺されてから一年が経つ日のことだった。

 その日マモルの右手に持っていた物は刃物だった。

 それを何処に突き刺してどの位突き刺せばどうなるかは容易に想像が出来た。そしてまさしくその場で実践しようとしていた。


 ―――理由は無い。


「マモルくん? 何やってるの?」


 心臓に突き刺す一歩手前で、後ろから聞き覚えの声がする。


「あ! 分かった! しょうがないから私がしてあげるよ」


 ユミはマモルの意図を組んでくれたのか、近づこうとする。それにマモルは色を失った。

 けどまぁ、死ねるなら。いいとも思った。どの道一人で死ぬのが怖かったマモルは、その日だけユミにあまえた。


「貸して」


 ユミが手を出す所に包丁を置いた。勿論刃が付いている方ではなく、持ち手の方を向けて。

 そしてそのままマモルは目を瞑った。向け入れる様に。


「ん? 目、瞑るんだ……。分かった。じゃあそのままにしといてね。直ぐ、終わらせるから」


 そうしてその『直ぐ』という言葉を信用して待っていた。だがマモルが待つそれは一向にに訪れない。


「まだ、なのか?」


「そんなに直ぐに出来る訳ないじゃん。ちょっと待ってて」


 ―――心の準備だろう。


 そう悟った。人の命を奪う行為がどれほどの物かを今現在体験しているのだろうと、マモルは勝手ながらに思った。

 それをさせていのは自分で、その対象となるのも自分であるのに。まるで他人の様に考える。


 いや、そこで気付いた。自分が自分に対して最も他人である事を―――。だからここで死んだとしても、悲しいとは思わない―――と。


 ガタン―――!


 静かにその時を待っていると、目の前から金属質の音画響いた。


「終わったよ」


「―――ぇ」


 痛みも無ければ違和感も無い。現状把握の為ただ目を開けると、そこにはぐちゃぐちゃのオムライスがあった。


「これは……」


「包丁は、食材を切る為のものだからね。オムライス。美味しいよ」


 その目の前にあったオムライスは見るからに不味そうだった。だが何故だろうか。口に運ぶと目から水が流れてくるのを感じた。


「そ、そんなに!? 泣くほど美味しいかったの? 良かった!」


「いや……、泣くほど不味い……」


「え……!?」


 けど何故だろうか。この涙は、舌が悲鳴をあげて出てきた物とは別の感じがした。


 ―――この日からマモルは誓った。自分やそれ以外を他人として生きる事を。そしてユミを自分の全ての生きがいにする事を。


 ―――生きて絶対に『守る』と、その名に誓った。


「そ、不味いなら食べなくていいんだよマモルくん? 無理しなくていいんだよ?」


「いや、食べる」


「なんで!?」



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