19.千年前の始祖

「なんでお前がそれを知っている……」


「それは、その力は、君の物でも私の物でも無いからさ」


「―――!」


 心臓をつき抜かれ、何故まだ喋っていると、その不可解な事柄よりも先に、目の前の存在は一体誰なんだと頭の中のマモルは疑問に思う。


 まさに別人という言葉が似合う。


「私は二度も罪を犯してしまった……。戻らぬ命を幾つも……。罪滅ぼしと思ってやった結果もこうなってしまうのなら、私は同仕様もない咎人だ……」


「おい、待てよ……。咎人かどうかなんてどうでもいい。どうなろうと失った者は戻らない。けど何だ? 罪滅ぼし? これの何処が罪滅ぼしなんだ! 言え! 答えろ! お前は何だ―――」


「―――千年前だ。長くなる。それでも君が、私の心臓を潰さないでいてくれるのならば、全てを話そう。私の事と、君が持つ力について話す」


「ああ、聞いてやる………」


 ねっちょりと心臓にこびりついていた肉片がマモルの腕を伝い、そしてある程度纏まったらその血液が地面へと音を立てて落ちる。

 心臓は一定の速度で動き、生きているとマモルへ常に伝えていた。吸血鬼の体に貫通しているマモルの腕は、包む血肉によって不快な思いになる。


 それでもなお、マモルはその心臓を潰そうとはしなかった。その話を聞く為に。


「千年前、私には4つの力があった。『目』『脳』『肉体』『心臓』。そして私はその4つの力で多くの種族をこの手にかけてしまった。人間、竜、竜人、同族の吸血鬼………。他にも色々と。その殆どは私が滅ぼしてしまった。だがそんな悪魔のような私より強い奴と出会った。そいつは人間だった。彼は私より強いにも関わらず、罪を犯し続けていた私を殺さなかった。その事が私には不思議で、それでもある出来事がきっかけでわかった。―――私は他種族や同族から狙われていた。そして、秘密裏に暗殺計画が進行していた。流石の私でも数と力の暴力に死の一歩手前まで追いやられた。その時だった。人間である彼は、たった一人で自分の命を引き換えにして守ってくれた。その時ようやく分かったんだ。彼が強い理由を。そして私の中に人間の心が、彼の心が宿った。宿った所でこれまでの行いが全て無かった事になる訳が無い。私を憎む憎悪も、私が奪った生も、何一つ戻ってこない。だから私は全ての力を一つ一つ封印した。千年後、誰かがその力を破壊してくれる事を願って。だが全て私が悪かったんだ。罪滅ぼしがこんな結果になったのも、全て私駄目だったんだ。だから君が私を殺してくれ―――」


「ふざけるなよ……。お前はまだ! ……お前はまだ謝ってないだろっ」


「ああ、そうだったな……。すまな―――」


「俺にじゃない! お前が謝る相手は俺だけじゃない。俺の事は後でいい。だから俺以外の、お前が殺した全ての人に詫びろ! 侘びて、謝って、それから勝手に死ね!」


 誰かに対して死ねと言ったのはこれで初めてでは無い。誰にだってそれは口から出る。ついカッとなってしまった時や、怒りを押さえつけられなくなった時とかにだ。

 だが今のマモルの発言は怒りで言った眉唾物では無かった。真実。マモルが心の底から思った真実の思いである。


「出来ない………」


「ああ?」


「それは出来ないんだ。そもそもこうして『私』が喋っているこの状況が奇跡なんだ。それは多分、君が力を使って私の身体を突き刺しているからだろう。もし君の力が切れたら、私はまた戻ってしまう。だからその前に、私を殺してくれ……」


 頼むようにそれを望む吸血鬼は、目を瞑る。覚悟は出来ているという表情。それがマモルにとって嫌だった。けじめをつけず、終わらせようとするその考えが。


「なら、俺が謝ってやる。お前が殺した全ての人に、俺が謝ってやる」


「何故だ。君がそれをする義理は無いだろ。私がした行いに君が頭を下げるのは間違ってる」


「義理はある。間違っていない。―――もし……、もし俺に『心』が植え付けられて居なかったら、あの時お前は心を取り戻せてたんだ。そうなっていたら、その後に死んでいった奴らは、死ななくて済んだって事なんだ……。だから、俺に頼め」


「分かった。君の気持ちを呑もう。端から私には拒否権が無い。だから、もう私を殺してくれ。最悪が起きる前に―――」


「ああ……。くそっ! 手が震えて……。なんでこんな時に……。握り潰せよ、おい!」


 だがしかし、マモルの右手はいう事を聞かない。これまで憎んで、恨んできた相手でさえも、今から命を奪うという行為に躊躇する。


 命を奪うという行為がマモルにとって恐怖そのもので、それが震えの原因だった。


 一向に進展しないその空間に、痺れを切らしたのは、後ろにいたアミでは無く、マモルによって体を貫かれている吸血鬼であった。

 その声は酷く冷たい。氷河の奥深くに足を入れたような感覚がマモルを襲った。


「なんだ……。まだ心臓を潰せてなかったか、半魔のガキ。まぁ貴様には荷が重過ぎる行為だからなぁ。―――やっと動けてきた」


 そうして吸血鬼はマモルの右腕を掴む。ぎこちなさと力の弱さから、まだアミの効果かま効いているのが分かる。だがしかし、もう時期切れるのは確かだった。しかし未だに握り潰そうとはしない。


「いい事を思いついた。ここまで私を追い詰めたんだ。お前を殺す前に、まず竜人を殺す。次に後ろのメスだ。まだ生きているがお前の前で、じっくり、ゆっくり、ころ―――ガッ!」


「―――ぁ?」


 その瞬間だった。吸血鬼の口から血反吐が吹き出す。


 気付けばマモルは無意識的に右手に持っていた心臓を握り潰していた。手には先程の心音が消え、また心臓の肉片も消えようとしていた。


 そうして、吸血鬼がマモルの方へと倒れかける。それが、自分が殺した死体だと一瞬で気づいて、吐きそうになった。


 そして―――、


「ありがとう―――。君は、何も悪くない。だから心配しないで―――。それと―――」


 ―――その言葉は、吸血鬼の最後の遺言であった。マモルに、マモルだけに告げられたそれによって、壊れそうになった心が戻っていくのを感じていた。

 ここでようやく気付いたのだ。最後吸血鬼が演技をしていた事に。したくもない演技をマモルの背中を押すためにやったのだ。


「ありが―――」


 お礼のような言葉を投げかけようとしたが、そこには死体すら残っていなかった。

 


 ―――それは全てからの罰の様に。

 


 この日、吸血鬼の始祖は3つの力と共にこの世界から排除された。

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