16.本能とのスイッチ

 吸血鬼の手からは長く、そして掌サイズの太さの円柱状の黒い物体が生成される。

 普通なら手品と言われても納得できないほど奇妙な現象で、一般人なら見ただけで腰を抜かすものであったが、マモルは直ぐに戦闘態勢に持ち込む。


 その対応の速さは初めて襲いかかってきた炎の時のそれとは違う物。本能では無く理性である。

 目の前の敵に、理性で立ち向かおうとしているマモルの脳味噌は慣れてしまったという事になる。


 ―――この、イカれた空間に。


 故にマモルの脳も既にイカれている。


「貴様も覚えているだろ? この円柱を! 貴様の父親を殺した物と同じ素材だ。喜べ! 父親と同じ土俵で死ねる事を。そして後悔しろ。その父親の子供であった事を」


 言わなくてもいい事をサラリと言う吸血鬼は、そのまま黒い物体を右手で掴む。そして投げる姿勢をとった直後、その物体は音を置いて行き、マモルの間合いまでコンマ数秒で迫ってくる。

 音を置いて行くということはつまり、音速を超える事。勿論銃弾より速いそれに対応する事など不可能。


 イカれた奴以外は不可能だ。


「意外と……脆いんだな。黒鉄だって? これじゃあ砂鉄だろ」


 襲いかかる一瞬で拳を作り、マモルはその黒い物体を粉々に砕いた。


「貴様、何をした? 普通なら半魔のお前では反応出来ない速さの攻撃だった筈だ。いや、その前に貴様の拳が先に砕けている筈だ………」


「………」


「意地でも答えんか………。ならば殴り殺すまでだ」


 一つ息を吸って、吸血鬼は地面を軽く蹴る。だが勢いは大きく先程の黒鉄よりも素早くマモルの前まで来る。

 そして流れるように後ろから前へと既に握ってある拳を振るう。


 本気を出していないと言われれば確かにそうも見える。攻撃に入る形からして準備運動のそれに近い体使いだった。

 だからと言って敵は吸血鬼。常識という言葉から最も遠い存在である奴の攻撃は、人間からしたら目で追えるスピードではなかった。


 しかしマモルはそれに反応した。ほぼ同じ威力を吸血鬼にぶつけながら。次に来る左から右にかけてのフックも同様に、その次に来た右足から繰り出されるローキックにも対応する。


「なるほどなぁ。貴様、私に攻撃される直前に本能と入れ替わっているな。目で追い認識してから反応してでは力も速さも大元から出てこんからなぁ」


「ふっ。なんだ悔しいのか? だが例えそれを知ったとしてもお前の攻撃は俺には届かない。残念だったな!」


「残念なのは貴様の方だ。貴様は本能を完璧に使いこなせていない。現に貴様からの攻撃が一つも無かった。それは貴様が己の死を感じて初めて本能と入れ替われるからだ。対して私はどうだろうか? 貴様が持っていない力を持っている。そしてたった今、最高の手が思いついた。燃やす」


 痛い所を突かれてその事に対して押黙る他無かった。実際マモルが本能との入れ替わりを認識したのは黒鉄が飛んできた際の事だった。さらにそれが攻撃される直前しか替わらないことも、本能と入れ替わらなければ太刀打ち出来ない事も、マモルは気付いていた。


 だかしかし、


「何言ってんだ。俺にお前の炎は効かない。最初と同じように土煙で消してやる」


 強がったものの、消せるという訳で、次に攻撃を繋げられるという訳ではない。だがそれでも、いや、それだからこそ、攻撃がマモルには通用しないという事を吸血鬼の脳内に覚えさせる必要があった。


 だがしかし、マモルの些細な心理戦を吸血鬼は笑み一つで破る事となる。


「何がそんなにおかしい?」


「いやな、貴様の考えが浅はかすぎて笑ってしまっただけだ」


「浅はか? 何言ってるんだ? 俺がさっきやった事を言ってるだけだろ」


「私は最初に言った筈だ。挨拶だと。最初のは挨拶だ。だが今度は違う。今私が持つ3つの力を練る。膨大な力故、少し時間が掛かるが貴様は動けんよなぁ。もし攻撃をしたらその一瞬で殺されると分かっているから」


 まさにマモルの考えは浅はかであった。心理を逆手に取られて、攻撃出来ないようにされる。


 吸血鬼が言っている事は嘘かもしれない。本当は力を練るときは身動きが取れなくなるかもしれない。その可能性があったとしてもマモルは動けないでいた。


 攻撃する時は本能に替われないからだ。


「―――ああ、そうだ……。思い出した……」


 吸血鬼がその右手に宿す、黒く禍々しく光る球体を前にして、マモルはある事を思い出していた。



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