14.殺してない=食った

 ―――そして、アミの腕の行方を確認しなかった事。


「ふむ。やはり不味いな。私の舌には雑種は合わん。竜も少しは残しておくべきだったか……。まあ、今の私が後悔しても過去は変わらんがなぁ」


 アミの腕を淡々と喰らい、感想をこれまた冷酷に述べる吸血鬼に、張本人であるアミは勿論の事、マモルでさえ何か言う気力を失う。


 そしてやっとの思いで出てきたのは、


「なん…なんだ……。お前はなんなんだ……」


 ガタガタと震わせる口元に無理やり力を入れて、マモルは感じた思いをそのまま言葉に出す。

 それは形からすれば質問のそれと同じになる。しかしマモル自身、その言葉は感情そのものであって質問ではなかった。

 なかったが、質問された本人はそれが嬉しかったのだろうか、意気揚々と所々かじられた腕を雑に捨て、両手の平を黒く染まる空へと向ける。

 そして不快な笑みを浮かべ、自分が何たる者なのかをはっきりと印した。


「いい質問だ。実にいい。よし、聞かせてやろう。―――私こそが吸血鬼の始祖。王である。この地に存在する吸血鬼、貴様の様な半魔の――親、という事になるなぁ」


「始祖? 王? 親? それがなんだ……? だからなんだ? どうしてお前はこんな事をする? お前の目的はなんだ? なんなんだ?」


「知らんのにここに来たのか? ああ、そうかそうか。お前の父親は私が殺したんだったなぁ。それはすまなかった」


 謝っているようで、謝っていない。形ですら謝罪に含まれないそれを放って置いてまず言いたい事があった。


「母さんも、だろ……」


「あ?」


「お前が殺した人の内に俺の母さんも入ってるだろ! 罪、償え……。いや、俺が償わせてやる」


「あー、待て待て。貴様勘違いしてるぞ。私は一度も貴様の母親を殺していない」


「は? 何言って……」


 ここに来て吸血鬼はマモルの母を殺していないと言い張る。


 最初こそはマモルも嘘だと思っていた。だがどうだろうか。マモルの父を殺したと自ら言う。そして目の前の吸血鬼が殺す殺さないで嘘を言うとは考えられなかった。

 だからこそ、その事実を正面で受ける事を躊躇する。しかしそれが事実であるとマモルが素直に受け入れようとした時、吸血鬼は再び不快極まりない笑み浮べる。


「殺してない……。ただ―――食っただけだ」


「―――何だそれは………。食った? 食ったも殺したも一緒だろ……」


「なぁにを言ってるんだ貴様は。馬鹿か? やはり半魔は半魔だなぁ。知能が著しく低過ぎる。…いいか? 貴様は牛や豚の肉を喰らうとき、いちいち殺してるなどと言わないだろ? 腹が減って、かじりついて栄養を取るとき。その時貴様は食ったと言うだろ?」


 ニヤリと口角を上げ嘲笑うかの如くマモルを下に見る吸血鬼。

 マモルの目にはそれが生物の形をした魔に見えた。負の感情。奥底に眠る人の負の感情を一気に凝縮した物体。それが目の前の存在であるとマモルは感じ取った。


「そもそも殺すに値しないのだ。あーこの話はこれでおしまいおしまい。さっさと後ろの使えぬ雑種を退かせ。邪魔だ。これは命令だからなぁ。待ってやる。時間を掛けたら殺すがな」


 マモルは静かに後ろを振り向く。その間違った行動に最初こそはアミも怒ろうとした。だがしかし、その感情は一気に冷める。


「わ、私は大丈夫だ。自分で歩ける。大丈夫だ」


「―――そうか………」


 その低い声がマモルの口から発せられた時、その会話は終わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る