13.後悔再び

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「マモル―――、心はなんだと思う?」


 春先。小学一年生になる前日、マモルの父はマモルに『心』を問いていた。


 いくつかある中のこの部屋。畳の部屋は意外にも正面から日を受ける位置にあり、昼間である今はポカポカとした空気で、大変気持ちが良い気分になれる。


 そこでうとうとしていたマモルに父はその不思議な問題を投げかけた。


「しんつぉうのこと?」


「心臓?」


「そう! しんつぉう!」


 間違った発音を意気揚々と放つマモルに父は微笑む。


「ちがうちがう。いいか、マモル。心ってのはな―――………」



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「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――」


 叫ぶと共に、冷たくなるのを感じていた。冷たく、冷たく、冷たい。どう転んでも冷たい。どう進んでも冷たい。


 徐々に視界を狭めさせ、見たくないものに目を瞑り、そして冷たくなる。


「―――ぉぃ―――……」


 冷たくなれば、何も聞こえなくなる。だから冷たくなる。


「―――ぉぃ―――……」


 冷たくなれば、何も感じなくなる。絶望も、それ以上の辛く苦しい感情も、何一つ感じなくなる。


 ―――だから、冷たくなる。


「スゥー……。いい加減に、しろおおおォォォ!!!」


 永遠に冷たくなりかけたマモルに、外界から大きな一撃が加えられた。

 大きな声と共にマモル頬にはじんわりとヒリヒリとした感覚が生まれる。紛うことなき痛みである。そしてその一撃が、冷たくなりかけたマモルをゆっくりと温かくしてくれる。


「聞いているのかおい!」


 胸ぐらを掴まれて揺らされる。揺らされ視界が乱雑になるマモルであったが、その目はある一点のみを見つめていた。

 それはアミの腕である。現在マモルの胸ぐらを掴んでいる左腕ではない、もう片方の腕。


 結果からして、アミの右側には腕と呼べる物が存在していなかった。だがしかし、血は既に止まってあった。

 腕が根元から綺麗に切断されれば、出血を止める事が至難の業である事は、経験した事が無い者でも容易に想像がつく。


 それでもなお、アミの腕からは一滴も血が溢れて来ない。


「いい加減、私の目を見ろ心鬼 守! 今一度問う。君は、何がしたい? 君は、なんの為にここに来た?」


「仇を、討ちたい。仇を、討つためにここに来た」


「なら立て! いつまで座っているつもりだ? 立て! 立って戦え! 相手が女かどうかは関係無い。あれはお前の両親を殺した吸血鬼だ。悪の化身だ。君が討たなければならない存在だ!」


 アミに揺らされながらマモルはアミの言葉に耳を貸す。本当に最もな事を言うアミに対して、相手が女である事だけで攻撃を止めた自分がマモルは恥ずかしくなる。そして情けなくなる。馬鹿らしくなる。


「そうだ……。俺は何を迷っていたんだ……。アミの、お前の言う通りだ。クソッ! 一応だ。感謝を言っておく。けど一応だからな! ありが―――」


「―――話は終わったか? 腑抜け共」


「まだ終わって―――ぇ―――…おぃ………。それ……なに……して……」


 マモルは後悔をしていた。


 再び敵から目を反らした事。そして―――。

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