11.結界、結界、そして最悪

 食べ残した食器をそのままに、マモルは黒のフード付きのパーカーを身に纏う。同じくアミも探偵服を身に纏う。その速さはマモル以上で、本当に女なのか疑う程だった。

 そして玄関の鍵を閉めずに、マモル達は外に出た。


 出た後、アミは有言実行するように、走りながら話を始めた。


「吸血鬼が現れたのは君の家から600メートル離れた所だ」


「それがどうした?」


「私は結界を張っていたんだ。半径1キロのな。吸血鬼がその結界の中に入ったら私に信号が入るんだ。だがさっき来た、奴の信号の位置は600メートル。この意味わかるか?」


「分かる訳ないだろ! 端的に要件だけ話せよ! 走りながらだと……疲れるんだぞ!」


 今街中を走っている速さはマモルの全速力。それなのに、それを余裕で着いてきて、さらに顔色一つ変えないで長々と喋るアミをマモルは化け物と思う。


「つまりだよ―――。やつは人間に擬態できる……。そして私の結界が反応したということはやつが吸血鬼に戻ったわけだ。何故態々吸血鬼に戻ったと思う?」


「―――まさか!」


「そう、そのまさかだ。この上で、人が襲われている」


 そうして一度立ち止まるマモル達の目の前には、長い長い、終わりの見えない階段が立ちはだかっていた。


 それはマモルが住んでいる街唯一の神社に続く入口で、マモルも何度もお世話になっている階段の入口であった。だが今は違和感という塊がマモルを酷く突っついてくる。


「おい。この階段おかしいぞ。鳥居が……、終わりの鳥居が見えない……」


 長い階段と言えど、普段なら一番下の入口から一番上の鳥居まで、たとえ夜中だとしても見える程の距離しか無かった。

 だが現在マモルの瞳には、長く永遠に続くと思わせる階段しか、視界に入って来なかった。


「おかしい? だろうな……。これは結界だ。私が張った結界と別のだがな。まったく結界の中に結界を張るとは、化け物めが……。飛ぶぞマモル」


「は? と、飛ぶって何処おわっ―――!」


 アミに首根っこを掴まれたマモルはアミの大胆な行動に一瞬驚く。だがしかし、そんな驚きは些細な物で、本当の驚きと言うものは―――。


 首根っこを掴まれたと思ったら、今度は声がけもなく落とされる。体制を確保できなかったマモルはそのまま尻もちを付き、痛い思いをした。

 だがその痛い思いも、アミの大胆な行動も、後ろの光景によってかき消される。


 尻もちを付いたマモルはそのまま顔を後ろに向ける。そんなマモルは少し遅れて目を丸くする。そしてまた遅れて―――。


「―――鳥居!?」


 マモルとアミの後ろにはある筈のない赤く塗りつぶされた鳥居が堂々と立っていた。


「え? な、なんで? 俺達階段の前にいたよな? それがどうして今は後ろに鳥居があるんだよアミ! なあ……。おい……どうした?」


「考えられる中で最も最悪な事態になってしまったよ……。前を確認するか否かは君が判断してくれ……」


「判断? 何言って…………………」


 絶望の色を少し含ませたアミの横顔を見ていたマモルはそのままなんの躊躇も、なんの心構えもせずにアミが言う前方を確認した。


 目の前に映るのはいつもと変わらぬ神社。だが現在は日が既に姿を消し、光という光は生い茂る木々の隙間から伸びる月明かりの薄明光線のみであった。

 その薄明光線は神社全体を照らすのではなく、ある一点、神社の屋根瓦の一部分をピンポイントで照らす。


 その照らされた所の光景がマモルに世界一の絶望と世界一の最悪を齎す。


「ユ……ミ……」


 影になって、顔が分からぬ人物の膝の上に、マモルの幼馴染であるユミという茶髪の少女は、音も立てることなく静かに眠っていた。いや、これは『いた』ではなく、『された』に当たる物。


 月明かりはユミの全体を照らす。ユミの体は傷一つなく、ただそこに眠っているだけに見えた。

 そんなユミの顔を紫がかった爪が一撫でする。月明かりはその爪の持ち主の首までしか照らさず、マモル達の場所から顔を確認することはできなかった。だがマモルには一瞬で誰なのかがわかってしまった。


 そこに居るからではない。その爪が紫の禍々しい色をしているからではない。


「まさか貴様からこちらに来るとはなぁ。半魔のガキ。それと隣は……、フッ! 竜人か! いいな! いいぞ! 楽しくなってきた! さぁやろう! 今すぐやろう! やろうやろう! 殺し合おう!」


 ―――声。―――雰囲気。―――周りに漂う重たい空気。―――そして、存在。


 その全てが、子供の頃に出会った犯人の像と一致したからだ。


 二人が目の前の現状を受け止めようとしていた時だった。放心状態に近い二人に異種の力が降りかかる。


「挨拶代わりだ。『炎海』」


 謎の単語と共に月影に顔を置く吸血鬼は指を鳴らす。


 その瞬間だった。無の空間から一つの光が生まれる。その光は徐々に形を変え、色を赤くし、マモル達を襲う物になった。


 それを一言で表すならば、『炎海』。


 ―――まさしく炎の海。波を打つようにマモル達に遅いかかり、水の様に滑らか進む。だがそれは炎。呑まれれば焼死は不可避であることは確実である。

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