10.知識の重さとその食料
マモルは自分の家の玄関まで来た時に、一度立ち止まった。普段ならそこで迷わず扉を開けて、一気に肩を撫でおろす。
だが今日はそんな呑気な事はできない。何故ならマモルの家には人がいるからだ。しかも最悪な事に女。更に最悪な事に嫌な女。
一度深呼吸をして扉を開ける。鍵はかかっておらず、不用心が感じられるがその事は、扉を開けて中に入ったマモルの頭から消えていた。何故なら―――。
「お帰りなさーい。お風呂にします? お夕飯にします? それとも……、な・ま・い・わ・し?」
メイド姿のアミは意味不明な発言でマモルを出迎えたからである。格好からして何処から持ってきたものなのかまずツッコむべきだったのだろうが、マモルの頭にはそれよりも―――。
「なまいわしってなんだよ………」
「いや、なまいわしはまいわしだよ」
「それはそうなんだがな………、まぁいいか。じゃあ夕飯で」
「欲がかいなー。もう少し貪欲になってもいいと思うぞ」
そう言いながらもアミは食卓に食事を用意する。どれも豪華と言える物で、自分の家で他人が料理を出してくる異様な光景が一歩後退って感じられた。
何よりアミの料理は美味かった。どれも舌でくる美味しさではなく、腹に入ってからくる美味しさで、食べていると実感させられる物だった。
きっとこのまま食事を思うがままに食べとければよかったのだろう。だがしかし、マモルにも聞きたいことはあった。
「なあ、なんで近々俺の所に犯人が来るってわかった?」
無言の食卓の中、マモルの質問により、アミの箸が止まる。その後食べ物が喉を通る音がして、アミは静かに箸を食器の上に置く。
「質問を質問で返す所悪いが、君は何故両親が殺されたと思う?」
「………」
あまりに食事中に似合わない切り返しにマモルは口の中にあったものを吐き出しそうな思いになった。それと共に怒りも湧いてくるが、始めを作ったのが自分だったので、その怒りをすぐに消す。
「俺が………子供だったからか?」
出てきた回答はまさに珍回答。両親をあんな目にした狂人のような犯人がそんな恩情じみた行為に至らないと思った。だがその発想を思いついたのは子供の頃の記憶にあった。
マモルと犯人は一度対面した。一瞬の出来事と、その犯人の異様な姿に一瞬でマモルは気絶したが、それはまさしく犯人で、アミが言った『吸血鬼』に似合う風貌だった。
そして起きた時にはマモルの体には傷の一つもなかった。気絶した時に頭を強く打ったと思いきや、頭も普段通り。痛みすら感じなかった。つまりそれは―――。
「―――正解だよ」
「え?」
「ただしそれは不十分な正解。正しい回答じゃない」
正解。だが不十分だと目の前の女は言う。正解なのか不正解なのか区別が付かない回答をした自覚がないマモルは訝しげに眉を寄せた。
「そもそも君は犯人の動機を知らない。それが君の回答が、不十分な正解止まりになっている要因だよ」
「その動機、お前に聞いたよな。けどお前は俺に教えなかった。知っているのに」
実際マモルはアミと出会った日に犯人が家族を襲った理由を知っているか、聞いた。アミは知っていると即答した。だがそこまで言ってアミは口を噤んだ。
その記憶を思い返している中、目の前の女は大きくため息を付く。まるでくたびれたように。
「この際だ、はっきりと君に言っておきたい事がある」
「犯人の動機をか?」
「違う。知識の重みについてだよ」
またしても、意味不明な事を口にするアミであったが、その表情は出てきた言葉とは真逆の真面目な顔だった。初めての会った時、初めて名前を呼ばれた時のそれと同じ表情だった。
「知識は時間なんだよ。時間共に知識は膨らみ大きく成長する。時間こそが知識の栄養食といっても過言じゃないくらいね。じゃあ何故私みたいな数十年しか生きていない者が吸血鬼の存在を知っていると思う?」
「数十年っていうか、俺にはお前が同い年に見えるけどな。見た目からして。まぁそんな事は置いておいて。知人から教えてもらったからじゃないのか?」
「またしても半分正解。後見た目で判断するな。失礼だ」
「そりゃ悪かったな。で、また半分正解って何だよ? また勿体ぶって教えない気か?」
「安心しろ。今回は教えられる。そうだな、一言で言うなら………、条件付きで一瞬にして膨大な知識を受け取った。一瞬っていうのは一秒も満たない時間だよ」
だから何だ。そうツッコみたい所であったが、まだ話が続きそうであったので、マモルは黙る事にした。
「一つ。楽をして知識を得る故の条件。一つ。その条件により君にその過程で得た条件を教えられない。つまりその条件の内容は―――」
「―――他者にその知識を伝える事を不可能にさせるものか?」
「正解! まぁほぼ正解のような事を私が言ってたけどね。そういう事なんだよ。大目に見てくれ」
つまりアミは条件付で膨大な知識を得た。そういう事になる。そこまでして知識に貪欲になるアミの気持ちも分からないまま、マモルは不可解な事が頭をかき混ぜる。
「ちょっと待て。そうなるとなんで吸血鬼の事は俺に教えられたんだ? その知識を教えられるって事はつまり―――」
「ああ、知っていたよ。もともとね。だが犯人が君を襲わなかった理由は条件付きの知識と私の考察によって導き出された答えだ。故にだ………な―――」
「お前一体何者なんっ………、おい。どうした?」
吸血鬼という空想じみた存在を元から知っていたアミを不思議に思うマモルであったが、アミの緊張に似た強張った表情により、その不思議は一時的に姿を消す。
傍から見れば何ら疑問も持たない顔であったが、先程の得意げに話していた影が根本から消えたのだ。疑問にならない筈がない。
「―――来てしまった………」
「何が?」
「最悪な時間に最悪が現れたんだよ………。立て! 『吸血鬼』が現れた。今すぐ! 急ぐぞ!」
そうして箸を乱雑に食器の上に置くアミであったが、マモルはたいして急ぐ気配を見せようとしなかった。そもそもである。
「なんでそんなに急ぐ事がある? お前が現れたって言ったら現れたんだろうな。けど、だからこそ、作戦を立てるべきじゃないのか? 無鉄砲に行った所で勝てる程弱い相手じゃないんだろ。俺の父さんを………、同じ『吸血鬼』である父さんを………、殺した相手なんだぞ」
「ああ! そうだな! 私だって作戦を立てて向かい打ちたい所だったよ! けど、そんな悠長な状況じゃ無くなった」
「どうゆう意味だ? ちゃんと説明しろ!」
「ここで説明したら取り返しの付かない事になりかねん。走って話す。それでいいな?」
「あぁ、わかった」
普段であったらアミの事を素直に聞くことは無かった。だが今この状況だけは素直に聞いてしまった。それはきっと、いつも以上に二人の空間がピリピリしており、そしてアミの口調や表情が鬼気迫るものであったからだ。
普段からおおらかとしており、余裕のある表情を保つアミが、これ程までに豹変したのだ。そのギャップがマモルから断るという選択肢を消した。
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