その3

湯島天神から池之端に下ったすぐのところが教勝寺だ。

ここの住職の悪所通いは檀家によく知られていた。

・・・それを知らないのは住職だけだった。

だれも咎めないのをよいことに、今夜も総髪の鬘に俳諧の宗匠ふうのいで立ちに変装し、池之端で駕籠を拾い、いそいそと吉原へ向かった。

住職は特定の女郎の馴染みとはならず、吉原細見などの女郎の格付けを参考に地廻りのように格子をのぞいて回り、掘り出しもの安女郎を漁るのを無上の楽しみとしていた。

住職が今夜のお伽に選んだのは、大門左奥の角町の中ほどにある中見世の格子女郎だった。

北角楼の格子の中にたたずむ細身の女郎は、少女のような可憐さを秘めながら、目の辺りに得も言われぬ色気があった。

番頭が、突き出しから振袖新造になり立ての十七のみはると教えてくれた。

値切り倒してから二階にあがり、みはるの客となったご住職だが、一刻ほどすると今宵の夜空の月のように喜色満面の顔を輝かして、北角楼の暖簾を分けて出た。

住職はいつものように三ノ輪の辻まで歩いて町駕籠を拾おうと、大門をすぐ左に折れた。

これは、大門前の五十間道に張っている駕籠かきは高い酒手をふんだくるし、お寺の門前に駕籠を着けるのをネタにゆすられてはかなわない、というケチで小心な住職のいつもの行動だった。

しかし、ご住職はなぜか、さらに左に折れて吉原を四角に囲うお歯黒どぶに沿って歩き出した。

目の前を鬼火がゆらゆらと揺れ、ご住職を誘っている。

とうとう不夜城とうたわれる吉原の裏手へやってきた。

・・・暗闇からぬっと現れた手がご住職の首をつかみ、締め上げた。

翌朝。

田圃の外れにある肥溜め桶から二本の足がにょきっと突き出ているに驚いた百姓が、吉原の面番所に届け出た。

面番所に詰める同心は、「なか」だけが面番所の管轄と言い逃れ、奉行所に話を持って行かせた。

やがて、仏頂面の岡埜同心が小者と岡っ引きの浮多郎を従えて検分にやってきた。

小者と浮多郎が、二本の足を肥溜め桶から引きあげ、死体を畦道に横たえた。

次に、お歯黒どぶから水をくみ上げ、死体にこびりついた糞尿を洗い流した。

突き出た腹と、今は糞尿色に染まった浅葱色の宗匠ふうの着物から小金持ちの町人と思ったが、

「おい、頭を見ろよ」

鼻をつまんで死体を検分していた岡埜が喚いた。

「剃り上げていますね。お坊さんでしょうか?」

浮多郎に先を越されたので、

「そうかな?坊主だったら袈裟かなんかそれらしい格好をしてるだろうよ」

岡埜は不機嫌な声で言った。

肥溜めの周りで二種類の足跡を見つけ、畦道をたどった浮太郎が、飛び不動の裏手の小藪で鬘と草履を見つけた。

「ははあ、坊主が鬘を被り町人を装って吉原へ遊びに来たか」

今度は岡埜が先に言った。

坊主が吉原で遊ぶのはご法度だった。

「小便でもしに裏の田圃へやって来て、物取りにでも遭ったか。しかし、喉を前から掴まれて首り殺されているのが気になるな」

この小太りの坊主の死体を検分した岡埜は、すばやく死因を見つけたようだ。

「浮多郎、四郎兵衛会所へひとっ走りだ。面番所の同心には何も言うな」

岡埜は、鶏を追うように浮多郎を追い立てた。

僧侶が吉原に入るのを見逃した面番所詰めの同心は、切腹ものだ。

面番所の同心の面子を守った上で、四郎兵衛会所の楼主たちに坊主が登楼しなかったかを聞きに行かせようという岡埜の気配りは、浮多郎にはよく分かった。

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