第23話 久々のトイレ

 運動会には結局、ショウはリレーにのみ出ることになった。もとよりPTAから事は動いている。本人の意思次第とはいえ、今更出ないというわけにもいかない状態だった。

 そしてリレー練習の日、ショウは久々に男の子の姿で学校にあらわれた。

 これに、クラスの子らは静かに振る舞っていた。女子は遠巻きに見るばかりで、男子はトイレの一件もあったせいか声もかけづらいようだった。

 リレーの練習は、昼休みに中庭で行われた。他のクラス、他の学年のリレーの選手も一緒である。

 ここで納得していないのは他のクラスの5年生達である。

「あいつ誰だよ」

 ――そんな声がさるように聞こえた。

 千鶴も、心配になって渡り廊下からそっと見守っていた。

 練習が終わり、次の授業までの準備の時間、二人はいつものトイレに入った。

「しーちゃ、臼井くん、気にしなくていいからね」

 個室の壁越しに、千鶴はそうはげました。

「しーちゃんでいいのに」

 帰ってきた声は平然とした、いつものショウのままだった。

「男子にきかれたらまた何か言われるよ?」

「んふ、たぶんここまでは来ないよ。だってオカマトイレだもん」

 ショウはそう笑った。千鶴はため息をついた。

「それ、みんな反省してるから……。それに最近は下級生の子も来るようになったんだよ。どっちかわかんない子」

 これに、ショウはおお、と歓声のような声を上げた。

「そうなのかー」

 その声は嬉しそうだった。それをきいて、千鶴も少しほっとした。

「うん、たぶんしーちゃんだけじゃないんだと思う。うちの学校にいるの」

「あ……けど、ちーちゃんのパターンじゃなくて?」

 これに、千鶴はああと低く声を漏らして納得した。

「それもありえなくはないと思う、けど……」

「そうなら助けなきゃだね」

「上級生として? 出しゃばりじゃない?」

「さっと現れて、一言で助けてくれる先輩、カッコイイ」

「……まあ、悪くないね。そういう瞬間があったら、やってみるけど」

「どっちにしても、いじめられてないといいけど」

「……ねえ、人の事心配してられるの?」

「お互い様だねえ、わたし達の場合」

「ね」

「ねえ……まだ途中?」

 ショウにそうきかれて、千鶴はぎょっとした。

「ちょっと、そういうの聞く!?」

「いや、先に手あらっていいかなって」

「……それは、別にいいよ」

「じゃあお先」

 そういって、隣の個室からトイレを流す音と、戸のカギが開く音がした。ショウが先に出て、言葉通りに手を洗いだした。

「他のクラスの子だけど、ああいうのは前の学校でれてるから、心配しなくていいよ」

 これに、千鶴はへえっと声をもらした。

「いま、はじめて男らしいって思った」

「そう? まだついてるからね」

 千鶴はその返事にはため息をついた。

「あのさ、しーちゃんってちょいちょい下ネタいうよね。そういうの、男子たちの悪ノリ誘発ゆうはつするからやめた方がいいと思うよ」

 そうツッコミながら千鶴もトイレを出る。

「はーい気を付けまーす」

 久々の鏡ごしに目が合う。なんとなく会釈する。

「この感じ、懐かしいね」

「うん懐かしい」

 ショウが不登校になってふた月と経っていない。それでも二人の間では十分に懐かしかった。

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