第18話 昭和より伝わる通信手段
運動会の予定は、6月の第1日曜。雨天の場合は翌々週の第3土曜である。
5月の半ばになると、朝礼の時間が開会式の入場練習を兼ねるようになった。日によってはそのまま1年生から5年生までが退場し、6年生の音楽ないし体育の授業が始まることも増えた。6年生の演目である
その高らかなラッパや太鼓の音をききながら、朝の自習時間を迎える。
その日、千鶴は読書をして過ごすつもりだった。そのために、なんとなく表紙が面白そうで借りた本を持ってきていたが、内容がハズレだった。ほとんど興味が向かない。ただ目で字をなぞるだけである。
頬杖をついてそうしていると、小さな折手紙が回ってきた。
別の誰か
そこで、それが自分あてだと気づいた。
――折手紙には良い思い出がない。言うまでもなく去年の『あの子達』のトラウマである。
給食に出た苦手な食べ物を喉の奥につっこむような気持ちで、それを開いた。
(悪口じゃありませんように、カッターの刃とか入ってませんように)
それだけ祈って開いた中身は、きれいな字だけだった。
字だけ見て、まずほっとした。悪意のある手紙は、手書きならば字でわかる。
差出人は運動会の実行委員の女子だった。
『臼井くんのお姉さんと遊んでるって本当? はい/いいえ』
……千鶴は一瞬ぽかんとして、そんな噂話もあったことを思い出した。
千鶴としてはウソはつきたくない。
けれど、この質問に『いいえ』と応えたら、色々と波風が立つような気もする。
……真ん中の
そして、それを渡してきた子に戻す。次々に人の手を渡り、差出人のところへ帰っていく。
返事をみて、差出人の彼女の頭がおおきくかしげられる。
ふたたび実行委員から手書きのショートメールが回ってくる。
『次の学級会で運動会のリレーの選手が決まります。臼井くんが運動会に出られそうか、前もってに知っておきたいです』
――先日のPTA総会にて、本年度からリレーの選手選考のルールが変わった。
各学年各組から3人ずつ選ばれ、男女一人ずつと、どの性別からでも、もう一人だ。『性的少数者の参加を受け入れるためのルール』の落としどころがこうなったのだ。
どうやら他の学年にもショウと同様、体と『本人』の性別がそろっていない生徒がいるようである。
千鶴は、道具箱からメモ帳を出し、ページを一枚切って返事を書く。
『きけたら聞いておきます』
千鶴はそう書いて少し考え、消した。
実はすでに、本人とはそういう話をしている。ショウの答えはこうだった。
「そういう時だけ学校に行くの、変じゃない?」
――千鶴も、そう感じることを不思議とは思わなかった。
『みんなはどう思ってるか、わかりますか? それ次第だと思います』
それを自分の知ってる形の折手紙にし、裏に宛名として実行委員の子の名を書き、隣の席に差し出す。これでまわりまわって本人まで届く。
返ってきた返事は行間を詰めた、少し走り書きのような字になっていた。
――朝自習の時間は短い。しかも先生の目をかいくぐって何度もやり取りするのはなかなかの手間である。
『私が聞いて回っているかぎりでは、さんせいと反対は半々です。
さんせいの理由。
・元気か知りたい。・勝ちたい。
反対の理由。
・不登校で運動会だけ出るのはヘン。・ドタキャン心配。・ソーラン節間に合わない』
千鶴はもう一枚メモ帳を破った。
『どうすればみんなナットクすると思う?』
千鶴は思ったままの質問を書いた。時間もないからただの四つ折りにして宛名を書いて回した。
またかよ、と途中で誰かの小声が聞こえた。
返事は割と短く、殴り書きのような字で返ってきた。
『それを次の学級会のギダイにするの! クラスだけで決めても、本人が出たくなかったら意味ないでしょ!?』
視線を感じてそっと後ろの方を向くと、当の委員さんがこちらをにらむような目で見ている。
千鶴は『わかりました』と応えるかわりのように、会釈を返すしかなかった。
顔をあげると向こうからは『頼む』というように手を合わせる仕草が帰ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます