第8.9話 ネコは健康でも吐く生き物

 猫はよく毛づくろいをする生き物だ。その毛は一度のみ込まれ、そして吐き戻される。

 一同の注目を浴びる中、それはどろりと、イスにかけられた千鶴の薄手の上着の上に放たれた。

 2人の母親はあわててに飛びつくようにして、布巾やティッシュペーパーでこれを拭いた。しかし、濃厚のうこうな生臭さは取れない。

「これ、クリーニングして、お返しします」

「ええ。すみません……」

「いえいえ、こちらこそ」

 そうわび合うように言い合ってから、理絵がソファのふたりの子供を見る。

「翔羽、千鶴ちゃんに何か貸してあげて。日がかたむいて外冷えてきてるから、そのまま返したら風邪ひいちゃう」

 子供達は顔を見合わせた。

「え、それはいいけど……」

 理絵はショウの返事もまたずに、抱えるように千鶴の上着を持った。

「すみません、このままおあずかりして、クリーニングに出しながら迎えに行きますんで」

「あ、はい。おねがいします」

 理絵はせかせかとそういうと、大人2人子供2人を残して、リビングを飛び出ていった。

 ショウは立ち上がり、そっと千鶴の手をさしだした。千鶴もこの手をとって立ち上がる。

「じゃあ、ぼくの部屋、上だから……」

 そううながされて、ふたりは手をつないでリビングを出て、二階への階段をあがっていった。

 これを見送る父は、なんともいえない遠い目をしていた。

「息子が部屋に女の子を連れ込むのが、こういう形とは――いや、もう男の子というのとは、違うかな」

 そういう臼井氏に亜希は同情するような少しさびしげな眼差しを向けた。

「そうですね。こればっかりは、慣れるしかないですよ」

「そういうもんですか。他の患者かんじゃさんたちも」

 亜希はその問いに、なんともいえないというように苦く笑んでみせて首を振った。

一概いちがいには言えませんね。ですけど、時々考えますよ『もしもうちの子だったら』って」

「やはり、考えますか」

「ええ『そうあることで、この子が幸せになるなら』って頭では思うんですけどね。頭では、ね」

 亜希は暗に『心ではそう割り切れない』というような意味合いを感じることを言った。

 これに、臼井氏は共感してうなずく。

「やっぱり、そうですか」

「ええ」

 ――親といえど、大人になっただけの人間なのだ。それが責任をもって育てなければいけない小さな別の人間を抱えて『親』になる。……そうかんたんに割り切れる事ばかりではない。

「それでも、受け入れるしかないですよね」

 臼井氏の言葉に、亜希は笑顔でうなずく。

「ええ、その通りです。皆さん、そうです」

 2人の親は、無言のうちに何かを分かち合うようにうなずき合った。

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