第8.5話 親とカップケーキと猫(子供は読み飛ばし可)

 抱き合う子供達をみて、大人たちはただ言葉を失った。

 大人たちは子供達に聞き取られない方法で、意見を交わしてきた。

 その中でほんのりと生じた『この子達を今後どう導いたらよいか』という疑問の答えが、目の前でおのずと生じたのである。

 ――ほどなく、臼井両親のスマートフォンが震える。時刻アラームだ。

 臼井翔羽の母の理絵が亀山千鶴の母の亜希に手を合わせた。

「亜希さん、悪いけど今日はそろそろ帰ってくれる? 生徒さん迎えに行かないと」

「あ、受験生のレッスン……」

「そう。これから車で駅まで行くから15分くらいは大丈夫だけど、それ以上は勘弁」

「そっか。わかった」

「今日は、大変ご迷惑をおかけしました」

 過呼吸の件もあって恐縮しきりの臼井氏に、母達はふっと息をつくように笑った。

「それはお互い様です。レッスン、またお願いしてもよろしいですか?」

「ええ……それは、こちらこそ」

「そうなると、ええと、お月謝は……」

「それは……千鶴さんについては当面は頂かないつもりです」

 臼井氏の言葉に、理絵がにらむように彼を見る。声楽講師としての臼井光の個人マネージャーとして無視できない話だ。だが、臼井氏は続けた。

「今後もショウと遊ばせてやってください。フリースクールにも通わせてはいますが、あの子にはきちんとした友達が必要です。娘さんともああして打ち解けているようですし」

 そう言われて、理絵は軽く唇をかんで、不承不承という様子でうなずいた。

「そうね……わかった。じゃあ、カップケーキの現物支給という形で」

「おい! 今の私のはなし、聞いてた?」

 そういう臼井氏に、理絵は口を尖らせた。

「だって、さっき一個食べたら本当においしかったんだもん」

 これに臼井氏は大きな目をさらに見開く。

「もう食ったのか!」

 これに、亜希は照れたように口元に手をあててうふふと笑んだ。

「わかりました。また焼いて、あの子に持たせます」

「おねがいしまーす」

「どうもすみません……」

「さて、そうと決まったら、スケジュールどうしましょうか」

 そういいながら、理絵は手帳を開いた。これを抑えて、臼井氏が口を開く。

「この時間なら来週も大丈夫です。他の曜日ですと、ちょっと私もいろいろありまして」

「そうですか、私は、普段ならこの曜日は夕方から仕事で……娘一人で預けてもよろしいですか?」

「ええ、かまいませんよ。だいたいこのくらいの時間に終わって、帰っていただくなり、後でこちらから車でご自宅まで送るなりいたしましょう」

「ではそのように、おねがいします」

 そう頭を下げ合う父母ら。

 しかし臼井氏が何かに気付いて「おい」と強く声を発する。これに続いて、理絵も同じ方を凝視した。

「亜希さん、上着!」

 2人の大人が声を発した先、ダイニングの椅子の背もたれにかけられた千鶴の上着の上に、長毛の猫のカラフがとまっていた。

 カラフは、そこで半分うずくまるような姿でけっぷけっぷとその腹を動かしている。

 飼い主ふたりにはこれが何の前兆かわかった。

 カラフが毛玉を吐こうとしているのである。

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