第3+1話 診断書つきの不登校
臼井
その時の服はデニムパンツにユニセックスなパーカー、靴はパステルカラーのスニーカーだった。
向かったのは、車で2時間ほど離れたところにある精神科専門病院だった。
ショウは3年以上、この病院に通っていた。いわゆる『心と体の性の
これが原因で、前にいた学校では、奇妙な存在として
勘違いしてはいけないこととして、ショウは別に女言葉でなよなよとしたいわけではない。いわゆる『オネエ』ぶりたいわけではないのだ。
しかし『心身の性がかみ合っていない』というだけでクラスメイトからはそうしたものとしての『いじり』をうけ、レッテルを張られた。
はじめのうちはそういう風に振る舞うのが
そして前の学校ではそれが原因で精神を
それからほどなくして、あの家を臼井光は両親、つまりショウの父方の
これにともなう転校は、ショウにとっても幸福な
だが同時に
だから、今度は隠すことにした。できるだけ目立たないように『よくわからない物静かな子』として過ごそうとした。
せめて、そういう子がいても不自然ではない学校に入るまでは――それが私立中学か、私立高校か、大学や専門学校まで無理かもしれない。
それまでひたすらに『隠そう』と。
学校側にも、そうした意思を転入のときに伝えてある。
岩井先生が臼井ショウにだけ『くん』『さん』付けをしなかったのは、そのあたりの
――そう、当面は普通の大人しい男の子として小学校の残り2年間を過ごすつもりだったのだ。
だが、無理だった。周囲がそれを許さなかったのだ。
原因はあの50メートル走だ。
ショウは、もともと走るのは得意だった。
母の理絵が大学まで陸上競技の
そしてそれ以上に、両親の外見的な長所を受け
――それでも、全ての立ち振る舞いをひそめて、場の流れだけ読み違えなければなんとかなると思っていた。
それでもトイレだけは
それを転入のときに学校に相談し、すすめられたのが職員室前の男女共用トイレだった。
あのトイレは、ショウにとっても心
そして実際に使ってみると、同じクラスの女の子も使っていた。
――そう、亀山
初日から男女共用トイレで出くわした彼女は、自分を変なふうに見ることはなかった。
彼女は学校生活におけるショウと同じくらい物静かで、きちんとしたきれい好きな子だった。鏡越しに顔をあわせても自然な挨拶を返してくれた。
(ここなら、やっていけるかもしれない)
たった一人の『自分を気持ち悪がらない女の子』が、そう思わせてくれた。それがショウにとっての亀山千鶴なのだ。
転入からしばらくの間はそう思い、穏やかに過ごすことができた。
しかし、男子らに事が知れると、状況は一気に悪くなった。
前の学校での悪夢がよみがえり、本当に夜も眠れなくなり、何をしても苦しい気持ちが解消されなくなった。
――そしてある月曜の朝、玄関で、それが爆発した。不安な気持ちと体のこわばり、そして息ができなくなったのだ。過呼吸である。久々のことだった。
過呼吸は、前の学校に居た頃にも何度か起こしていた。最後のほうは、保健室にいかなくても自分でなんとかできるようになるまで慣れるほど、よく発作を起こしていた。
「――もういい、学校休もう。翔羽はよくやったよ。ありのままでいいよ。ここから通えるフリースクールを探そう」
その朝、両親が介抱して落ち着いたところで、父は言った。
「進学
母もそう後押ししてくれた。
そうしてその朝、母はかつて通っていた病院にショウを連れて行った。
――この日はパパこと臼井氏は受け持ちの授業のある日であり、病院には付きそえなかった。
臼井光は声楽家として活動し、また個人レッスンなどを行う同時に私立高校で
この私立校は中高一貫校であり自由な校風で名の通っている学校だった。既にカミングアウトを経てうまく順応している性的少数者の生徒も数名
以前から『高校あたりから入れればいいね』などと家族で話していたくらいの学校である。
通いなれた病院では診断書と、自宅近くの通院可能な精神科クリニックを紹介してもらった。
新しいクリニックでは、とてもすみやかに事が進んだ。さっそく第二次
――その内科病院で受付
そしてショウの事情を受け止められるフリースクールが見つかると、小学校に診断書を提出、不登校に切り替えた。
それから間もなくむかえた保護者会で、臼井理絵と亀山亜希はなんの前触れもなく再会した。そこでふたりは連絡先を
――それから5日と経たず、臼井ショウの不登校について、千鶴が泣くほどにくやんでいることを亜希は知ったのだ。
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