第10話
立ち込める土煙の中、痺れる腕に顔をしかめた。今はまるで人間のような感覚を忠実にフィードバックするリベラティオが恨めしい。
そして畳み掛けるように襲ってくる嫌な感覚。
僕は焦ったようにラブに聞いた。
「っく。ラブ、損害は!?」
『損害は左腕が中破。でもジェイさま、そんな声を出さなくてもあれは耐えられないです。もう勝負は決まって――』
「いいや。敵はまだ倒れていない」
僕は確信を込めてそう断言する。
今になって僕は認めていた。超能力はあると。
なぜなら倒したはずの敵がまだ諦めていないと、そこに立っているのだと、ただただ抗いようのない直感が告げていたから。
困惑するラブをよそに油断なく構えるうち、土煙が晴れる。
そしてそこには証明するように確かにいた。
左上半身がひしゃげてふらふらと揺れているけれど、しっかりと二本足で立って僕の方に向かっている。試合開始のような辿々しさはなく、残った右手に牙を持ち手負いの獣がこちらを睨んでいた。
「凄いな。あれを受けてまだ動けるなんて」
『ハイです。ジェイさまが正しかったですね。超能力の存在を忘れるなんてラブは油断していたです』
万全に準備しても相当痛かった感覚のフィードバック。きっとその何倍もの痛みが相手を襲っているだろう。
それでもひりひりと嫌な予感は絶えない。
この圧倒的優勢をひっくり返されかねないと頭に囁き続ける。
『おそらく、絶体絶命の状況に本能が超能力を発動したです。リベラティオは超能力を利用して装甲の強度を強化してるですから』
「本能、ね。ははは、それじゃあまるで主人公じゃないか!」
こっちは博打のような策を練ってようやく優位に立ったのに、敵は本能が能力を覚醒させるなんて物語の主人公のような所業でこの状況をひっくり返そうとしているのだ。
僕は空笑いとともに沸々と湧き出る初めての感情に驚いた。
――許せない。
覚醒した物語の主人公に劇的に倒される。運命がそうあれと僕を殺そうとしている。
そう思うだけで怒りが止めどなく溢れた。
僕の理性は落ち着けと告げるが、それさえも食い破る激情が力を生み出す。
騒々しいアラートと邪魔なディスプレイ群を消した僕は冷静を装ってラブに聞いた。
「大型スラスターの状態は?」
『まだ冷却中です』
奥の手はおそらくもう使えない。
それでも僕は<ベスティア>に向かって突き進んだ。
盾を構えた<サクスム>の遅い突撃と半死半生の<ベスティア>はコロシアムの中央で睨みあった。
敵は撹乱するためか剣で地を穿ち土煙を起こす。僕は構わず盾で全身を覆って尚も進んだ。
『ジェイさま、危険です!』
「構わない!」
怒りに支配された僕はラブの声を無視して構わず獣の待つ煙に入った。薄く輝く鈍色が僕目掛けて空を裂く。
「効かないんだよォォ!」
土煙に潜むようにして足を薙ごうと振るわれた剣を盾で防ぐ。
『はは、ははは。死ねえェ!』
ようやく聞こえた敵の意味持つ言葉に僕はにやりと笑う。
きっとそれは起死回生の一撃だったのだろう。
土煙と盾で隠れた視界。足元への攻撃で下がった盾。グリップではなく刃を手に柄を鈍器のように僕の頭に叩き込む、はるか昔の技。モルトシュラーク。
しかしそれはしっかりと見えていた。何故ならこの大盾はただの盾じゃない。幾つものカメラによって視界の塞がれない現代技術の盾。
「ラァアブ、余っている力を残らず盾に注げ!」
『は、ハイです!』
奴に出来て僕に出来ない訳はない。この湧き出る怒りもまた本能。本能は無意識下に眠っていた超能力を叩き起こす。小さく蠢いていた幾つものメーターが振り切れる。
僕は盾を素早く上に掲げて衝撃に備えた。
どん、と思っていたよりも軽い打撃を受ける。これも超能力の効果だろうか。
防がれて呆然と立つ<ベスティア>の足を流れるように払うと力なく仰向けに倒れた。
その憐れに転がる様に、激情はやっと冷える。
『ジェイさま、とどめを』
「うん」
そう反射的に答えたけれど困ってしまった。どうしたら僕の勝ちだと決定するのだろうか。
迷った僕は振り上げていた大盾を<ベスティア>目掛けてずぐりと下ろした。盾を落としたのは高機動の象徴ともいえる脚部。
『あああァァああ!』
襲い来るフィードバックに<ベスティア>から叫び声が聞こえる。
すでに敵の抵抗はなく、これでもまだ駄目だろうかとまた盾を振り上げたとき、僕の耳が声を捉えた。
『ここで予想外の決着ゥゥゥ!』
僕は今更ながら観客たちの存在を思い出した。モニターには興奮で顔を赤くしたモヒカンの男が叫んでいて、戦闘の緊張と興奮で聞こえていなかった歓声が耳に響く。
『<ベスティア>が<サクスム>の硬い守りをじっくりと崩す展開かと思いきやァ、まさかまさかの猛突進。これにはたまらず<ベスティア>はダウン。しかし彼はそれでも諦めずに立ち上がりましたァ。どうか観客の皆々様、勇敢に戦った<ベスティア>に大きな拍手を!』
まだ痛みに喘ぐ<ベスティア>に労いの拍手が降り注いた。
今になってどっと疲れが押し寄せた僕は、勝利への感慨もなくきょろきょろと辺りを見渡す。そして視界の端に躍り狂うラブを見つけてどうしたらいいのかと聞いた。すると入ってきた鉄柵のある通路を指差される。
『そしてそしてェ、見事この大波乱を生み出したのは古兵<サクスム>を操るこの男。勝者はァ、ジェイだああァ!』
僕は未だに鳴り止まない歓声を背に、いつの間にか開いていた鉄柵をくぐる。
とりあえずは今日を生き延びられたのだと、安堵とともに薄暗い通路を歩いていった。
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