第9話

『さァさァ、もうすぐ時間だぜェ。観客の皆々様方、しっかりとクレジットは賭けたかァァァ!?』


 ついにカウントダウンは三分を切っていた。

 モニターに表示されたオッズはだいたい僕が勝てば十三倍で落ち着いていて、やはり僕が不利というのが観客の見立て。でも賭けが成立している以上はこの大観客のうち少なくない数が僕という大博打に賭けたともとれた。

 どこかの妖精のような人がこの会場にそんなにいると思うと呆れてしまうけど、まあ賭けをするような人だからこそここにいるのかと納得する。

 僕はそんな場違いに緩い考えを振り払って前を向いた。そこにいるのは、きっと僕と同じくこのイカれた戦いをしなければいけなくなった哀れな実験体。

 顔も知らない彼もおかしな疑似人格に振り回されているのだろうかと同情してみたけれど、相対する機体のまともさを見てそんなわけはないかと思い直す。


「ラブ。相手は予想通りの機体みたいだね」

『ハイです。あとは作戦が決まれば勝てるですね!』

「そうだといいけどね」


 目の前の対戦相手、<ベスティア>はどこかぎこちない動きで剣を構え前傾姿勢で立っていた。

 僕の乗る<サクスム>とは反対に極限まで減らされた装甲がその機動力の高さを物語る。きっとただの<サクスム>では追い縋ることも出来ないのだろう。

 だけど、それだけだ。彼はただ普通の疑似人格に100クレジットという限界の範囲で最も速い機体を薦められるまま買っただけ。それが透けて見える構成だった。

 手に持つ直剣はただの金属塊で、目に見える追加装備もない。


「目に見える範囲で怪しいものもないね」

『機体内部もおそらく何もないです。まあたった100クレジットで内部を弄れるわけないですよ』

「弄れるわけないって、それをラブが言うの?」


 ふふん、とラブが得意気に胸を張る。少しむかつくけれど、ここまでラブの作戦通りだったのは間違いがないので放っておいた。


『あと気を付けるのは超能力ですが、まあこれは問題ないです』

「その超能力ってのもよくわかってないんだけれど、本当にあるんだよね?」


 超能力。時間もないので詳しくは聞けなかったけれど、それこそが人型兵器リベラティオが生み出された原動力であるという。

 簡単な説明によれば、<ミュステリウム>というリベラティオに搭載された機関が生体ユニットの発する超能力を増幅。そしてその増幅したエネルギーが三十メートルにもなるリベラティオを動かす力になるらしい。

 この説明からも分かる通り、リベラティオに乗れる人は超能力を使える。僕の超能力の素養を表す精神強度はBプラス。これはなかなか高いらしく、そのせいもあって無茶な作戦が作られたという経緯もあった。


『じゃあジェイさまに聞くですけど、今のところ嫌な予感とか感覚はないですね?』

「これからを思うと憂鬱な気分ではあるけど、嫌な予感とかは感じてないよ」

『なら大丈夫です。あとは全力で戦うだけですよ』


 なんだか気になる言葉で終わってしまったけれど、どうせもう色々と聞く時間もなかった。

 カウントダウンは一分を切り、熱狂はどこへやら不気味なほど静まり返った会場にカウントダウンの規則的な機械音だけが響いている。


 あと十秒。僕は改めて構える盾に力を込めた。その盾に体を隠し、相手と同じく前傾になる。相手の攻撃を防ぐために構えているのだと擬態して、観客さえも騙す。


 ――3、2、1、0。


『おおおっ、オオオオォォォ!』


 獣のような叫びとともに敵の<ベスティア>は突撃をして来た。

 その速度はさすが高機動機体で、あっという間に目の前へと迫る。獣の唸るような駆動音と土を抉る姿は恐怖を一層煽り、打ち倒さんと振り上げられた剣は不気味に鈍く光った。

 ああでも、それは僕らの想定内だった。まったく認めるのは癪だけれど、今も視界の端で笑う妖精はとびきり優秀なんだ。その想定内という余裕が僕の心を支えて崩さない。尚も迫るのを逃げずに待ち続ける。

 その加速力、速度は重鈍な<サクスム>では追い付けない――ラブの作戦はそんな先入観を利用した奇襲だった。


「ラブ、距離は!?」

『まだ、あと少しです!』


 たった一日。覚悟も決まらないうちに僕がラブとしたのは初見殺しの開発だった。

 誰も全く情報のないこの初戦。誰もが渡された100クレジットで考えうる限り最高の機体を作り出す。そして<帝国>が考える良い機体とは広い広い宇宙空間で少しでも速く動ける機体だった。

 それも当然で、呆れるほど超大なエネルギー砲や視界を埋め尽くすほどのミサイルの飛び交う広大な宇宙で戦艦でもない一兵器にすぎないリベラティオが頑丈さを求めても意味がない。エネルギー砲は掠めただけで機体を融解し、ミサイルは全てを破壊し尽くすからだ。

 だから普通の疑似人格は高機動機体を薦める。生体ユニットは死にたくないから一番安全な薦められた機体を選ぶ。それは当然の思考だ。

 そして僕も薄々気付いたけれど、異常な疑似人格、ラブが<帝国>の意志を否定するかのように提案したのはその想定上最高の機体に対抗するための対策機体だった。


「ラァァアブ!」

『ハイです!』


 けたたましく鳴り響くアラート。敵が範囲内に入ったのを見た僕の合図とともに<サクスム>は加速した。重く鈍い体を、大きく分厚い盾を前に突き出し。背中の装甲を減らして隠すように拡張された大型スラスターが火を吹く。


『な、あァああ!?』


 <ベスティア>から悲鳴じみた声が響く。

 それもそのはず、<サクスム>はその重鈍さからは考えられない異常な速さで自分に向かって突撃していたのだから。


『ははははは、やりましたです!』

「ああ、もうこれは避けられない!」


 ラブの作戦は単純。相手の軽く装甲の薄い機体を重く堅牢な機体で叩くだけ。

 ラブが<サクスム>よりも高いクレジットを払ってまで追加した装備は大型スラスターだった。それは旧式で重い<サクスム>では一度の戦闘に数回しか使えず、直線距離を短時間しか加速できない欠陥品。

 でもこの狭く遮蔽物のない、そして戦い方を知らない素人の戦闘においては絶大な力を発揮する。

 重く武器を持たない<サクスム>はいわば囮だった。老獪な達人ならともかく、圧倒的に速く武器を持っている素人はその姿を見れば素直にまっすぐ攻撃しようと接近してしまう。

 結果生まれるのは軽く装甲の薄い軽量機体と重く装甲の厚い重量機体との正面衝突。どちらに軍配があがるかは明白だった。


『ジェイさま、衝撃に備えるです!』

「ああ!」


 肉の柔軟さを持たないマシンボディは軋む音と土煙を巻き上げ突進する。超速で迫る鉄塊を前に素人が避けられるはずもない。<ベスティア>は無防備に剣を振り上げた体勢のまま固まっていた。

 僕はすぐに来る衝撃に構えた。そしてみしゃり、と圧壊する音が響く。

 <ベスティア>は重く速い<サクスム>に撥ね飛ばされ、冗談のように跳ねて消え失せる。

 一瞬あとには突風と土煙が舞い、追随するように観客たちの歓声が響いた。

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