クレイジー ショウ
第6話
「ジェイさま、いよいよですね!」
「はあ、早いなあ。もう着いちゃったのか。<帝国>の技術力が恨めしいよ」
「またまた、ラブは分かっているですよ。ジェイさまは本心ではこれから始まる戦いが待ち遠しいと思ってるです!」
いつも通り噛み合わないラブの言動にはあ、とまたため息を吐く。
僕という自我が生まれて、闘技大会に出場すると決めてから一日が経っていた。
僕がいるのは相も変わらず真っ白な空間。内装は変わらず大きなモニターと鏡がぽつんと置いてあるだけで寂しいものだ。
しかし現実世界では違うらしい。ラブ曰く僕が生まれた研究所のある惑星から遥か遠く、とある惑星に付いて回る一日中どこかで戦闘が起こるという巨大人工衛星。紛争宙域よりも争いの絶えないスペースコロニー。そこに僕はいる。
「とにかく、仮想空間じゃ分からないけどその闘技大会があるっていう人工衛星キルクスに着いたんだよね?」
「ハイです。それにしてもそんなにお外が気になるならカメラを買えば良かったですか?」
「ははは、買えるわけないでしょ」
僕の残金はもう3クレジット、つまりあと三日間しか生きることは許されていない。
機体は結局ラブのおすすめを買うことになった。機体も武器も安いものを買って総額40クレジットと、もしも全損してもやり直せるだけの金額が残る計算になる。
それなのに何故残金が3クレジットかというと、ラブがどうしてもと譲らなかった特殊な追加装備が50クレジットもしたからだった。
機体以上に高価な追加装備を買うのは無知な僕でも流石に渋ったが、最終的にはラブの説明に押しきられてしまった。
そんなわけで僕は勝たなければ修理さえもままならない状況にあった。もしも負けたならあるかどうかも分からない観客の慈悲を願うしかない。
ちなみに現実世界を覗ける外付けカメラは割引が効かず、かつ娯楽品なので最も安いもので10クレジット。当然買えるはずがなかった。
「それで、僕のリベラティオは完成しているんだよね?」
「ハイです。注文通り追加装備を換装してキルクスにあるですよ」
キルクスは闘技大会のために作られた衛星型のスペースコロニーだ。
闘技場は公式のものだけで十を超え、全試合を映像によって全帝国領内に放送しているのにも関わらず、直接足を運ぶ客の途絶えない<帝国>最大の娯楽施設というのがラブの説明。
当然僕はリベラティオがあり、キルクスについた以上は観戦ではなく戦わなければならない。
「いまどうなっているかは分からないけど、もうすぐ始まるんだよね」
「今ジェイさまの脳である生体ユニットはリベラティオのある格納庫に向かって輸送中ですね。到着して搭載次第エントリー済みの闘技大会に出場です!」
空間転送か、光速船での移動か、あるいは現地にクローン技術と記憶処理で新たに僕の脳を作り出したか。どうやって一日でここまで来たのか、その過程を僕は知らない。
とにかく僕は決意の固まらないほど速く、一日の内にして目的地へと着いてしまったのだ。
心技体。何もないままにこの妖精にお膳立てされた死地へと向かってしまうのだ。
「あ、準備ができたみたいです!」
「えっ、準備ってなに?」
「さあ、行きますよー!」
僕の疑問を無視していつの間に作ったのか、ラブは派手な台座に置かれた真っ赤なスイッチに向かって拳を振り上げた。
慌ててタブレット端末を見るとクレジットの残金が3から2に減っている。
「ちょっと、もしかしてそのスイッチ作るのにクレジット使ったの!?」
「よいしょー!」
僕の声をまた無視してラブは掛け声とともに勢いよくスイッチを押した。
がちん、と重苦しい何かが噛み合う音と共に僕の視界は白から黒へと切り替わった。
いや、正確には黒ではない。そこには正しく何もなかった。白も黒も、自分の体やラブという疑似人格も。
今まで出来ていた身動きは出来ず、思考だけが回り続ける。あるいは思考さえも消え去ったのかもしれない。そんな不吉な感覚が襲いかかり、その感覚さえも曖昧になる。
認識を失った世界で狂った時間経過は一秒か、一時間か。残された僅かな思考さえも放棄したくなるほどの狂気が僕を渦巻き始めた頃、視界が開けた。
白でも黒でもない、灰色の世界。僕の立っていた場所は薄暗い小部屋になっていて、視線の先には通路があり遠くに小さく光が見えた。ぬるい空気が頬を撫で、鉄錆のような匂いが鼻を通る。
僕はその始めてのはずの、でもどこか懐かしい感覚に、流れ落ちる涙を拭うことしかできなかった。
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