第5話

 そうしていじっているうち、僕は諦めた。

 どれがいいのかなんて半端な<帝国>の知識しか刻まれていないのに分かるはずもない。あるのは精々が買えるかどうかという値段の基準のみ。

 それゆえにこちらをニコニコと眺めていたラブに投げやりに聞いた。


「ラブ、おすすめはどれなの?」

「むずかしいですね。まずジェイさまがどうやってお金を稼ぐかによるですよ」

「稼ぐって、ロボットに乗って戦うんでしょ?」

「ハイです。ですが、戦って稼ぐのにも大きく分けて三つあるのです」


 ラブはそこで言葉を区切るとぴっと人差し指を立てた。


「一つ目は<帝国>の軍に帯同して最前線で戦うことです。これは一番稼げますし、ある程度の補給と修理を<帝国>に補償されるです」


 この説明に僕は理解して頷いた。

 戦争で戦うというのは想像しやすい。成長している国が新たな生存域、資源を求めるのは当然の行いだ。そこで戦うことはわかりやすく国に貢献したことになる。クレジットだって稼げるだろう。

 それゆえにすんなりと疑問も湧いて出た。


「一番稼げる、ね。当然裏があるんでしょ?」

「ハイです。生体ユニットの新兵は最前線で三ヶ月生存する確率が一割を下回りますし、補償されている補給だって戦況次第で受けられなくなる可能性だってあるです」

「無しだなあ」


 僕は加えられた説明にすぐさまそう結論付けた。

 生きるためにクレジットを稼ぐというのに、稼ぐために死ぬのでは本末転倒だ。

 僕の返答にラブもそう思うです、と頷くと二つ目を話し出した。


「二つ目は治安維持部隊に入隊してパトロールです。これはAIによって隙なく統治されている<帝国>に<リベラティオ>を使って制圧しなきゃならない悪さをする馬鹿はそういないですし、とても安全です。それに機体の貸し出しもあるので安上がりですね」

「安全ね。それは大事だけど、デメリットがあるんでしょ?」

「ハイです。<帝国>は成果主義ですから、安全なパトロールで貰える基本給はとても安いです。何かの事件解決で特別褒賞はもらえるですが、滅多に事件は起こらないですし」


 これに僕は唸る。給料が安いというのは気になるが、安全に稼げるというのは魅力的だった。

 何よりまだリベラティオを見たこともないのだ。命を賭ける以上、安全に練習をしたいと思うのは仕方のないこと。

 そうして考え込むのをよそに、三本の指を立てたラブが続きを話し出した。


「そして三つ目は<帝国>で行われている闘技大会に参加することです」


 うつむき考え込んでいた僕は飛び込んできた不可解な単語に顔を上げた。

 そして相変わらずにこやかなラブに疑問をぶつける。


「闘技大会?」

「ハイです。機械による自動化が進んだ現代、時間をもて余した<帝国>国民は娯楽に飢えているです。特にリベラティオを使った戦いは人気があるですよ!」

「それで闘技大会か」


 納得したように頷いてみせたが、他の二つに比べて想像がつかずにいた。

 戦争や治安維持のために戦うのは分かる。それは自分たちの帰属するコミュニティの維持と拡大のために不可欠のものだ。

 しかし娯楽のための戦闘というものは僕の思考や知識には全くない考えで、理解がなかなか追いつかないでいた。

 そもそも僕は肉体の年齢並、つまり十五歳前後の精神と知識を植え付けられているのだが、それでも自我を持ったのは今日である。

 本能的に理解できる食欲や性欲などとはかけ離れた本来必要のない娯楽についてなど理解できるはずもなかった。

 そして依然唸る僕にラブは畳み掛けるようにここぞとばかりに言葉を紡ぐ。


「闘技大会はいいですよ。最前線より危険ではないですし、パトロールよりもたくさん稼げるです。たくさん勝てば軍人さんよりもクレジットを貰えるのですよ!」

「ううん、でも操作したこともないロボットでいきなり戦うのかあ。危険じゃない?」

「それは当然危険です。それに補給や修理費用は自腹、給料も固定給はありませんです。でも勇敢に戦えば負けたとしても観客から何か恩情がある場合が多いのですよ。武器だって大抵は遠距離武器は禁止されているですから、ある意味ではパトロールよりも安全ですよ!」


 最前線は生存率の低さから論外。もし行こうものなら、一月と持たないというのがラブの試算だった。

 パトロールは安月給。比較的安全で訓練を兼ねていると考えれば悪くはないが、危険もある。AIによって隙なく統治されていて悪さをする馬鹿はまずいないとはいえ、それさえも掻い潜る賢い者やとんでもない馬鹿は広い宇宙にはそれなりにいるものだ。そんな不運に怯えて、しかし対策のための費用は安月給で揃えられないなど笑えはしない。

 結局のところ道は一つだったのだ。

 僕はそういえばと、ラブは最初から他二つに比べて闘技大会だけ推しているようだったなと思い返す。どれもメリットとデメリットを言っていたが、やけに闘技大会だけ良いように言っていた気がする。

 なんだかいいように誘導された気もするが、別に自分に悪い何かがあるわけでもないしと納得した僕はラブをしっかりと見つめた。


「決めたよラブ。僕は闘技大会で戦うよ」


 僕は闘技大会で戦うと決めた。

 どこか作為的なものを感じていたけれど、僕のために動く疑似人格であるラブは嘘をつかない。そして僕よりも多くの知識を持つラブの推薦だから従うのが正しいと信じた。

 僕の言葉にハイです、と唄う妖精はしてやったりといった風に薄く笑っていた。

 その行動は本当に規定された補助の範囲なのか、妖精らしい悪戯なのか。

 一つだけ確かであるのは、これから僕は決して平坦などではない怒涛の人生を味わうだろうということだけだった。

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