第3話
中空に鏡と大型モニターが浮かんだ一面真っ白の摩訶不思議な空間。鏡に写る服を着こんだ僕は大きく深呼吸をして落ち着くと、はたと植え付けられた知識から一つの大事なことを思い出した。
「ラブ、たしかこの仮想空間で鏡とか備品を作り出すのは有料だったよね?」
「ハイです。ほとんどの備品は一つにつき1クレジットのお支払いが必要ですよ!」
冷や汗がたらりと落ちた。
植え付けられた知識によればクレジットとは僕を脳缶に改造した<帝国>を含む宇宙中の国家が規定した共通通貨だ。
そして<帝国>は1クレジットをあらゆる生命体が一日の生命維持に必要なエネルギー配給を受け取る権利と交換している。つまり脳だけになって生きるために溶液入りの銀缶に詰められた僕も毎日栄養たっぷりな新鮮溶液を得るためには一日1クレジット必要だった。
更にそれとは別に、仮想空間では娯楽品を除いた生活環境を良くするための備品は現実世界での権利者への使用料として一つにつき1クレジットの支払いが発生する。
当然、機械によって生かされている僕はクレジットが尽きれば無慈悲に破棄されるだろう。行き過ぎた成果主義である<帝国>の知識はきっちりと揃っていて、訪れるだろう末路は嫌というほど分かっていた。
僕は顔が引きつるのを感じながら固唾を飲んでラブに聞く。
「ラブ、クレジットの残金はいくら?」
「ハイです。これまでの備品生成の合計はモニター、鏡と服の合わせて三点。再生映像は娯楽品なのですが、需要がないので1クレジット。それに今日の生命維持費用を合わせると5クレジットのお支払い。<帝国>からの支度金は100クレジットなので、残金は95クレジットですね!」
わあい、と何故か飛び上がって場違いに喜ぶラブをよそに、僕は顔を両手で覆った。
つまりこのまま何もしなければおよそ三ヶ月で僕は死ぬのだ。となれば当然クレジットを稼がなければいけないのだが、それは躊躇われた。
脳だけになった僕に植え付けられた知識は働き口を一つしか提示していない。そしてそれは余りにも馬鹿馬鹿しい働き方だった。ただ三ヶ月の間、座して死を待った方がましな死に方なのではないかと思うほどには。
それでもこのままただ悲観していてもしょうがない。一縷の望みを胸にラブに尋ねる。
「ラブ。念のために聞くけれど、僕がクレジットを稼ぐ方法は?」
「ハイです。経験や特別なスキルのない、肉体もない生体ユニット化措置の施されたジェイさまが残った時間で稼ぐ方法はたった一つ」
ああ、と僕の口から喘ぎ声が漏れる。
もう半ば見えた結論に本能的に耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、それでも言葉を区切ってニコニコと笑うラブをしっかりと見た。
そこで見たのは何故か、それまでの純真無垢な幼い笑顔ではなかった。
ぱたぱたと羽を動かすラブはうっすらと頬を染め、期待に上気した顔をジェイにずいと近づけ、死を宣告する悪魔のような三日月につり上がった口で言う。
「人型戦術兵器リベラティオの生体ユニットに搭載される。つまりロボットを操作して戦うのですよ!」
生体ユニットとして機械に詰められ戦わされる。
そんな残酷な宣告をしたというのに更なる興奮で妖精の羽をはためかせてくるりくるりと舞い踊るラブをよそに、ついに膝をついた。
僕は<帝国>によって遺伝子操作されて生み出された人造人間だ。そして生身の肉体は戦闘に耐えられないとして破棄された欠陥品。とある素養を見出だされたことで脳こそ銀缶に保存されてはいるが、そんな実験体の欠陥品がこの<帝国>で安全で真っ当な働き口を得るなど出来るはずもなかったのだ。
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