第36話 お悩み相談 (2)
「ゆうくん、何作るの?」
ユリカちゃんはキッチンを覗き込んで、目を輝かせる。
「ユリカちゃんのオーダー通り、がっつりもさっぱりもっすよ」
「えぇっ、本当?」
「ほんと」
俺の言葉にユリカちゃんは「やったぁ」と勢い余って抱きついてくる。俺は手に持っていた冷凍タッパーを落としそうになった。
「ゆ、ユリカちゃんっ」
「ご、ごめんねっ」
てへへ、とちょっと古いリアクションをしながら後退する。
「さ、ユリカちゃんはいい子に待っててくださいね」
「えぇ〜、ピザの待ち時間にいちゃいちゃは?」
「えぇ……その他の準備があるから……」
「むぅ……手伝うから、イチャイチャは?」
必殺上目遣い。かなり長い時間一緒にいるのに全く慣れない。出会った時と同じようにドキドキしてしまう……。
「じゃあゆりかちゃん、野菜を洗ってくれます?」
「洗ったらイチャイチャしてくれます?」
き、今日は押しが強い……!
ユリカちゃんはぐっと顔を近づけてくるとぷっくりと膨らませた頰がまるでリスみたいだ。怒ったリス。いや、失礼だな。
「は、はい」
「約束ですよっ!」
そういうとユリカちゃんは俺が洗ったベビーリーフとレタスを取り出すとザクザクと刻み出した。俺はその横でトマトとアボカドを角切りにする。
「チョップドサラダ?」
「そう、あつあつのマルゲリータの上に乗っけて、ぎゅってして食べるさっぱりピザっすよ」
「わぁぁ〜早く食べたいっ!」
目を輝かせるユリカちゃんを尻目に俺はオーブンの中を確認する。ちょど良いかな。
「ユリカちゃん、お皿!」
「はいっ」
***
深夜0時の食卓にはスパイシーなカレーとチーズの香ばしい匂い。4種類のチーズがふんだんに使われたクアトロフォルマッジは普通蜂蜜をかけて食べるが、がっつりな気分の時は冷凍保存食の「キーマカレー」を豪快にトッピング。
オーブンで焼けたほろほろのキーマカレーとチーズの相性は抜群だ(カレーの上にはちみつをかけても良し)
「カレー!」
「ユリカちゃん好みの辛口キーマだからきっと美味しいっすよ」
「ゆうくんの料理は全部好き」
「よかった、サラダピザの方も冷めやすいからどんどん食べましょう」
さっぱりの方のピザはレタスとベビーリーフ、トマトにアボカドをチョッブドサラダにして味付けはシンプルな塩胡椒。
シンプルなマルゲリータに野菜を挟んで、まるでトルティーヤのように食べる超荒技アレンジである。
あっつあつのマルゲリータにフレッシュな野菜たちが見事にマッチしてどんどん食べられるのだ。
「ユリカちゃん、ビール?」
ユリカちゃんは口いっぱいにピザを頬張って首を横に振った。
「いらない?」
ユリカちゃんは急いで口をもぐもぐするとごくんとピザを飲み込み……
「うっ!」
胸をどんどんと叩く。喉に詰まったようだ。もう、言わんこっちゃない……。ビールは嫌だというので俺は麦茶をユリカちゃんに渡す。
「ふ、ふぅ」
「どうしたんすか、そんな急いで……」
「ビールはダメ」
「なんでっすか?」
「だって、よったらイチャイチャできない」
(今日はやけに……)
「俺も麦茶にしますね」
「ん……」
俺はユリカちゃんのまっすぐな目を見て俺はちょっと罪悪感を感じる。隠し事ってこんなに気分が悪いんだな……。
でも、胸の内を口に出すことはできない。三木くんのあの悲しそうな横顔が脳裏に浮かぶからだ。
「俺、姉さんと家族になりたいって思ってしまうんです。姉さんの家族を、両親を奪ったのは俺の存在なのに」
三木くんの声が震えていた。
「変ですよね、俺。すんません、ほんとすんません」
今すぐに話してしまうのは解決にはならないだろう。ユリカちゃんの家庭問題は結構根深いんだし……。まだ俺がことを荒立てるのは最善ではないと思う。
本人たちに解決させるか、俺が何か行動するかもう少し様子を見ないと。
俺は何も考えてないような顔を意識しながらピザを口にする。チーズとカレーの相性は抜群。アッツアツに温め直したから尚更うまい。ピザはやっぱりクリスピーすぎず、パンすぎないやつがいいな。
「ゆうくん」
いつになく真剣な声のユリカちゃん。俺はドキッとして目が泳ぐ。
「ゆうくんは……いなくならないでね」
「うん」
あぁ……絶対にこのことは解決しないと。ユリカちゃんを悲しませちゃダメだ。
「ところでゆうくん」
「はい?」
「隠し事をしているゆうくんがお片づけ係だよね?」
ユリカちゃんはにっこり微笑むとぺろりと平らげてしまったピザの皿を見せて言った。
「隠し事?」
「だって、三木くんとのお話、全然話してくれないから……でも、世の奥さんたちは旦那様のひめゴトを許してるんですもの」
(よくわからん方向になってきたぞ……)
「私、試練だと思って許すね……でもそのかわりにゆうくんはお片づけの刑ねっ、わたしったらいい奥さん〜!」
今夜はユリカちゃんの優しさに甘えておこう。
「あっ、そうだ。ゆうくん」
「片付けは俺がやっときます、そのほか何かあります?」
ユリカちゃんは真っ赤になってもじもじすると、
「隠し事してるから今日は寝かせてあげませんからねっ!」
と言って風呂場の方へと逃げて行った。
呆然とする俺、どうやら明日は寝不足で会社に向かうことになりそうだ。
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