第35話 お悩み相談 (1)

 拗ねるユリカちゃんを残して俺はオシャレすぎるバーにやってきていた。薄暗い照明にジャズっぽい落ち着いた音楽。一枚板のカウンターテーブルはほのかに木の香りがする。

 ピカピカに磨かれたワイングラスたちがカウンター奥に釣り下がり、高そうなウイスキーがずらりと並んでいた。


「ゆうくんは何を?」


(その呼び方やめてくれ)


 三木くんは横顔も絵になるイケメンだ。さすがミスターコンになるくらいだからな。うん。


「今日はハイボールがオススメですよ」


 死ぬほどいい声のマスターが迷う俺に一言。助かったとばかりに俺は「お願いします」と注文する。

 三木くんに頼まれて俺はこのバーにやってきたわけだが……。


「で、何の相談かな」

「いや、その間宮さんのことで」


(そうきたか)


 俺は内臓がひやっとして心臓がバグバグと飛び出そうになる。

 まさか、大丈夫さ、大丈夫。


「あの、兄貴」

「いや、兄貴はやめてくれって」

「えぇっ」

 三木くんは真剣な顔で仰け反る。

「だって、その……間宮さんとケッコンするんすよね?」


(はい?)


 俺は三木くんが「実は間宮さんのことが好きだ」とか「俺の方が〜」とか行ってくるのかと思って身構えてたんだが……?

 というか、その前に……


「いや、俺がユリ……間宮さんと結婚するかどうかと呼び方が重要なの?」

「そうっすよ、

 三木くんは無理やり笑顔を作ってごくっと酒を飲んだ。非常に整った顔。ちょっと強引で子犬みたいなところ。

(あと二人揃って偽物さんのガチファンなところ)

「まさか……」

「はい、間宮さんは俺の腹違いの姉さんなんです」

「間宮さんはそれを?」

「知るわけないじゃないっすか、言えるわけないし……」

 三木くんは眉を下げて悲しそうな笑顔になるとゴクリと酒を飲む。イケメンってこんな顔までイケメンなんだな。

 言われてみれば三木くんの目はユリカちゃんにそっくりだ。まん丸で大きくて黒目がち。ちょっとタレ目で人懐っこい。

「でも俺、欲張りですよね。姉さんから家族を奪っといて、俺は姉さんと家族になりたいって思ってるんです」

 ユリカちゃんのお父さんって確か……不倫の末、家を出て行ったんじゃなかったか。そして、残された母親は早くに亡くなった。

 ユリカちゃんはかなり家庭環境が良くなかったはずだ。

 俺はなんとなく状況を把握し

 三木くんは俯くと

「俺が……俺が……あの人の幸せとあの人の母親を奪った張本人なんです」

「子供に罪はないよ」

 俺は三木くんの目を見て自分がなんて浅はかなことを言ったんだろう?と後悔する。

「俺がデキたから……姉さんの家庭は壊れたんすよ。俺が……原因なんです」


 カランと俺のグラスの氷が鳴った。

 俺は何も言い出せず、ただ三木くんの綺麗な横顔を見つめることしかできなかった。



***


「おかえりなさい〜ゆうくん遅い!」

 玄関の扉を開けるなりバタバタと騒がしいユリカちゃんはタバコ臭い俺に抱きついて「ぶぅ」と顔を歪ませる。

「ゆうくん、私を置いてどこに誰と飲みにいったのっ」

「三木くんとバーに行ったよ」

「むぅ……なんで私はいっちゃダメだったの?」

「男同士の色々だよ」

 ユリカちゃんが俺の横腹を割と強めにつついたので「ぐえっ」と変な声が出た。

「浮気者……」

「えぇ?」

「だって、男同士で行くってことは女の子がいるお店でしょ〜!」

 ユリカちゃんは勝手な妄想を繰り広げながら俺の腹をぽこぽこと叩く。膨らんだ頰は子供みたいで、怒ってるようだけどちょっと可愛い。

「違う違う、お仕事の相談」

「三木くんったら! 私が先輩なのに〜、なんで私じゃなくてゆうくんなのよっ」

 今日のユリカちゃんはご機嫌斜めである。


「ユリカちゃん、ご飯は?」

 ユリカちゃんはテーブルを指差した。そこにはテイクアウトのピザ。まだ手付かず。

「待っててくれた……んすか?」

「だって、1人で食べたって美味しくないもん」

「ユリカちゃん、ごめん俺……」

「いいよ、だってゆうくん、ぶちょおだから」

 ぎゅっと抱きつきながらもにょもにょと話すユリカちゃんにくすぐったいような嬉しいようなで俺はやっと安心できた。


「ゆ、ゆうくん。やっぱり隠し事の匂いがする!」

 ほんわかムードだったのにユリカちゃんは顔を上げるとキッと俺に強い視線を向ける。

(いや、なんでバレるんだ)

 俺は浮気したわけじゃないし、女の子がいる店に行ったわけでもない。

 ただ、ユリカちゃんに話すことができない大きな秘密を三木くんから聞かされた。

「ユリカちゃん、俺はなにも……」

「女の勘!」

「えぇっ、理不尽!」

 ユリカちゃんはしばらく俺を見つめると

「隠し事ないって約束できる?」

 と小指を立てた。

 俺は、「うん」とうなずいて指切りげんまん。ちょっと罪悪感。


「さっ、ゆうくん。ご飯食べましょう!」

「ピザ、冷えちゃってますね」

「温める?」

「ちょっと、アレンジしようか」

 ユリカちゃんが買ってきたのはクアトロフォルマッジとマルゲリータ。

「ユリカちゃん、がっつり?」

 がっつり食べたい時とそうでない時が女子にはある。これは俺がユリカちゃんとお付き合いをはじめて学んだことだ。

「ちょっとがっつり」

(うーん、その答えは初!)

「おっけ、じゃあ待ってて」

「ふふふ、楽しみだなぁ〜」

 ユリカちゃんは俺のエプロンを取ると

「着せてあげるねぇ」

 と子供に服を着せるように俺に密着する。腰あたりを触られるとちょっとくすぐったい。

 ユリカちゃんのいい匂いがしてドキッとしている俺をユリカちゃんは上目遣いで見つめるとふふっと笑った。

「はいっ、完成っ。楽しみにしてるよ〜、料理上手な彼氏さんっ」

「頑張りますっ!」

 

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