第23話 好きな男(2) 木内さん目線
ランチといえばパスタ……な気がして誘ってしまったが目の前にいる相馬梨花子は警戒心丸出しで腕を組んでいる。私、先輩なんだけどな。
「藤城くんっていい人だよね」
「私、止められてもやめませんから」
まるで怖がる子猫みたいに相馬梨花子は言った。そう、彼女は藤城くんのことが好きで、間宮ユリカから奪おうとしている。だから、私は彼女を呼び止めた。
「でも、彼女がいる人にそういうことするのは良くないよ」
「わかってます」
パネルで頼んだジェノベーゼが届く、私はミートソース。アイスコーヒーと相性は悪いけれど好きな料理だ。
相馬梨花子は上品な手つきでフォークを掴むとジェノベーゼを食べた。洗練された動き、さすが元アナウンサーだ。テレビに出ても問題のない所作が身についていた。
藤城くんは素敵で……私だって、忘れられない。ずっと好きで今だって踏み出せずにいる。フラれたはずなのに、諦めなきゃいけないのに……私はそばにいれるだけでいい、とズルい選択をしたのだ。
「でも、藤城先輩は一人だから」
相馬梨花子の強い眼差しが私に向けられて、私は目をそらした。ごまかすようんミートソースを食べる。
「藤城先輩は一人だから……だから彼女がいても私は諦めません。藤城先輩の代わりはいないから。彼女が……あの間宮先輩だったとしても私、負けるわけにはいかないんです」
——先輩?
あの二人、大学違ったよな? 間宮さんの方はミスコンの先輩後輩だろうからわかるけど……藤城くんって大学違ったよね?
「だとしても、藤城くんが選んだのは間宮さん。それはわかってるよね?」
私は自分に言い聞かせるように相馬梨花子に言葉を投げる。相馬梨花子はそれでも強い視線を保ったままだ。
「それは、私がいなかったからです」
さすが……すごい自信だ。
「だとしても、それで藤城くんが幸せになれると思うの?」
そうだ。藤城くんは間宮さんを選んだ。それは当然だと思う。私は勝手に彼を好きだっただけで、伝えることをしなかったから。
はっ。と相馬梨花子は呆れたような声をあげた。そして、ジェノベーゼをくるくるしていた手を止めてじっと私を見据える。
私は彼女の視線が怖くてアイスコーヒーに手を伸ばす。
「木内さんも、好きなんでしょ」
ドクンと心臓が跳ねた。
まるでずっと隠していた秘密を暴かれたみたいに鼓動が早くなり冷や汗がじっとりと首筋を伝う。相馬梨花子の方を見ることができない。掴んだアイスコーヒーを口に運ぶことすら怖い。
「でも、藤城先輩を目の前で奪われた。確か、木内さんと藤城先輩って同期ですよね。ぽっと出の女に取られたんだ。それで、諦めたことを自分の中で美談にして説教ですか? 冗談じゃないですよ」
「ちょっと、相馬さ……」
私は相馬梨花子の方を見てさらにぎょっとする。
さっきまで私を強く睨んでいたはずの相馬梨花子は大粒の涙をこぼし悔しそうに唇を噛んでいた。
「だから……言ったじゃないですか。藤城先輩はこの世でたった一人なんです。藤城先輩のために諦めた?? 幸せ?? じゃあ、木内さんはどうなるんですか。ずっとずっと幸せになれないままなんですよ。大好きな人を取られて、それでいいんですかっ」
その通りだ。
多分、私は自分を美化することで二人を応援することで自分の汚い気持ちを押し込めて、美化することを幸せな感情だとすり替えているんだ。
目の前にいる……誰よりも綺麗な後輩はなりふり構わず欲しいものに手を伸ばしているだけだ。そんな後輩を私なんかが止めることは許されないだろう。
「相馬さんは……藤城くんのどこが……好きなの」
私は紙ナプキンを彼女に差し出して微笑んでみせた。
***
相馬梨花子の話は驚きだった。
というか、彼女の過去の写真の方が驚きだった。牛乳瓶の底みたいなメガネにそばかす、ガチャガチャの歯で清潔感のない感じの髪……。病弱で顔色も悪く今の彼女とは想像がつかない容姿だった。
「こんな私にも優しくしてくれて……」
保健室での話は本当に藤城くんらしくて素敵だと思った。同時に相馬さんが羨ましいと思った。
「さっきは、ごめんなさい」
「へっ?」
「強い言葉で言っちゃったから……。木内さんがこんなに優しく話を聞いてくれて、過去の私を見ても引いたりしない人だって思わなかったから」
気にしないで。と私は言ってデザートの杏仁豆腐を口にする。相馬さんはコーヒーゼリーを食べていた。
「そんなに好きなのには理由があるんでしょう?」
「藤城先輩に告白できないまま……藤城先輩は卒業しちゃって。私は自分に自信もなくて奥手だったから、それをずっとずっと後悔してたんです。だから綺麗になって有名になって、誰もが結婚したいと思うような女になったんです。この会社に来てまた会えたときは運命だって思ったけれど……でももう人の物になってた」
テレビ局にいた方がよかっただろうに、どうしてこんな小さな会社に来たんだろう?
私はそれが疑問だった。もしも、彼女のいうようにこれが偶然なら本当に運命を感じてしまうかもしれない。
「でも、結婚はしてなかった。だから、まだ私にチャンスはあると思ってるんです。私、間宮先輩よりも努力しました。好きだった時間だって長い。木内さんよりも長い間好きなんです。思いは誰にも負けないです」
どうして私はこうやって素直になれないんだろう?
もっと早く、あの時私が諦めなかったら? もしかしたら藤城くんと一緒にいるのは私だったかもしれない。
——本当に今、諦めていいんだろうか?
「私、木内さんが藤城先輩のこと好きなライバルに加わっても負けませんから」
相馬さんは泣いたり笑ったりいろんな表情を見せた後、とびっきりの笑顔で言った。私は、そんな相馬さんを見て心が揺らいでしまった。
——まだ結婚してない
私も、藤城くんに「好きだ」と伝えるチャンスがあるんだろうか。困らせたくない、嫌われたくない。そんな恐怖を拭い去ってでも自分の気持ちを優先すべきだろうか。
「木内さん、藤城先輩はたった一人なんです」
相馬梨花子の言葉が私の頭の中を反響する。滑舌が良くて心地よい声。努力であんな風になれるなら私だって間宮さんを超えることができるんじゃないか。
「あっ、相馬さん、私が出しますよ」
「えっ? 女の子同士なんだから割り勘しましょ」
「こらっ、こういう時は先輩を……」
「そういうとこ」
相馬さんが得意げに瞬きをする。
私は店員さんに「お会計別で」とお願いし、自分の分だけ支払った。生意気でムカつくくらい自我の強い後輩。でも、嫌いにはなれない。
「木内さんは遠慮しすぎです、人の言葉には甘えて自分には正直に。可愛い女の子に許される特権ですよ」
「かっ、可愛いっ?!」
何が間違ってるの? と言わんばかりに首を傾げた相馬さんはくるりと背を向けてオフィスの方へと歩き出した。
私は間宮さんが好きだ。一途で頑張り屋で、私の思う一軍女子の概念を変えてくれた人。裏表もなくて私にだってすごく優しくしてくれる子。
でも、私はもっともっと藤城くんのことが好きだ。
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