第21話 黒船(2)
ユリカちゃんがキッチンに立っている。
「今日は疲れたゆうくんの代わりに私がっ」
と行ったっきり俺は立ち上がるの禁止。アイランドになっている部分、カウンター椅子に腰掛けて料理する彼女を見守っている。
確かに、今日は相馬さんが怪我するわ、問題児っぽい留学生が来るわでヒヤヒヤだった。
でも、相馬さんが転んだ時……真剣な表情のユリカちゃん。すごく格好よかったなと俺はいわゆるギャップ萌えを感じていた。
「ユリカちゃん、何作ってるんすかね?」
「ふふっ、あっ。ゆうくん、タッちゃだめですよ。座っててくださいね」
おでこを小突かれて俺は椅子に座りなおす。まぁ、食材と香りで大体はわかっている。
「これは、私の味にしたいんですよ〜」
なんて言いながら彼女がかき混ぜているのは野菜がゴロゴロ入ったカレーだった。隠し味はブラックチョコレート。俺の好きなジャガイモは大きめに切ってくれて、ユリカちゃんの好きな辛めの味付け。
「ユリカちゃんの得意料理ですね」
俺の言葉にユリカちゃんは顔を赤くして嬉しそうに微笑んだ。レースの可愛いエプロンを着ておたまを持っているからか、アニメの中から飛び出て着たみたいだった。可愛い……なんだこの生き物は。
「いつも、ゆうくんが疲れていても作ってくれるから……今日は私が美味しいご飯をつくってあげるんだもん」
と言われて嬉しい気持ちと、もっと効率的にできるのになぁという気持ちが入り混じって情緒がぐちゃぐちゃだ。でも、ここは可愛い彼女の顔を立てないといけないな……。
ユリカちゃんが炊飯器の中のコメをかき混ぜ、そこにバターをぶち込んだ。あぁ、辛めのカレーだからバターライスにするのね。熱くないかな? 大丈夫かな……。
「ゆうくん、ダイニングテーブルに移動してね?」
「できたんすね?」
ユリカちゃんは「うんっ」と嬉しそうに頷く。俺の彼女はなんて可愛いんだろう——
トンとテーブルに置かれた深めのカレー皿に盛られた古き良き昭和風カレー。ゴロゴロジャガイモは頑張って剥いたからか均等ではないし、人参も玉ねぎも大きさは揃っていない。
それでもカレーのスパイシーな食欲を刺激する香り、バターライスが俺を悪魔的に誘ってくる。
「ゆうくん、召し上がれ!」
「いただきます!」
いつもと逆だ。
ユリカちゃんはいつもこんな気持ちだったんだなぁ。大好きな人が自分のために作ってくれる料理、多分クソまずくても美味しく感じるくらい嬉しいやつ。
パクリ、熱々のカレーを頬張るとすぐに飲み込んでしまいたくなるほど滑らかで、スパイスも辛さも野菜の甘みも抜群に美味しい。
まだ口の中にカレーがいるのに次の一口をスプーンでよそってしまう。
「美味しい?」
ユリカちゃんはまだ一口も食べてない。多分、ガツガツ食ってる俺を見てたんだ。突然の恥ずかしさに襲われながら俺は
「美味しいっす」
と答える。ユリカちゃんは俺の答えを聞くと笑顔になると「頑張ってよかった」とつぶやくように言った。
「これはウチの味にしたいなって……思ってます。私、そういうのなかったから」
ユリカちゃんは少し物悲しそうに言った。ユリカちゃんは家庭事情が複雑で「暖かい食卓」を知らない。だから、きっと今日は俺のために頑張ってくれたんだろう。
「ちょっとカレーにしては辛すぎますよね。ほら、子供は食べられないだろ……わわっ! 危ないっすよ!」
なぜかユリカちゃんが俺の方に駆け寄るとカレーを食べている俺に情熱的に抱きついた。俺はカレーをこぼさないようになんとかユリカちゃんを抱きとめ、ごくんと咀嚼もせずにカレーを飲んだ。
なんか変なこと言ったか? あ、辛いってのが文句に聞こえた……とか?
「いや、その辛すぎるってのはその……」
言い訳をする俺をよそにユリカちゃんは顔を上げると真っ赤な顔で恥じらうように言った。
「ゆうくんも……赤ちゃん欲しくなっちゃったんだね」
——ほら、子供は食べられないだろうから……
(そっちーーー!!??)
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