*100話記念* 特別編 ② 間宮さんと……


 子供達がいろんなお面をつけて走り回っている。ベランダから見下ろす祭りは小さく見えたのに、実際に来てみると意外と規模が大きいことがわかる。焼きそばにたこ焼き、ジャガバター。ユリカちゃんはお持ち帰り系のご飯をねだり、手にはりんご飴を握っている。


「座って食べようか」


「うんっ」


 近くにあったベンチに座って盆踊りを眺めながら俺とユリカちゃんは姫林檎のりんご飴の封をあけた。水飴の香ばしい匂い。これ、中のりんごが酸っぱくてまずいんだよなぁ。


 そんなことを思いながらユリカちゃんの方をちらりとみる。片方の手は握ったままでりんご飴を舐め……じゃなくてかじりついた。


「えっ?」


「ももしたの? ふうくん(どうしたの? ゆうくん)」


 ユリカちゃんのりんご飴は見事に水飴のコーティングが割れ、りんごにはくっきりと齧り跡がついている。


「いや、かぶりつく人初めて見たから」


「これね、子供の頃お母さんに教わったの」


 ユリカちゃんが初めて俺に昔の話をしてくれた。


「お母さんは『りんご飴はね、飴とりんご、片方ずつじゃだめ。一緒に食べるから美味しいの。飴は飴だけじゃ甘すぎるてりんごはりんごだけじゃ酸っぱすぎる。でも飴とりんご一緒に食べると美味しいでしょう?ユリカ、結婚する相手はね……自分と同じような人じゃなくて、自分にない良さを持っている人を探すのよ。りんご飴みたいに……』って。ほら、ゆうくんもがぶっとしてみて?」


 なんか、ユリカちゃんらしからぬ深いこと言ってるな。なんて思いながら俺は思いっきりりんご飴に噛み付いた。結構固めの水飴がバリンと割れてスコッと中の姫林檎にたどり着く。酸っぱい姫林檎と甘い水飴が口の中で咀嚼するたびに混ざり合ってまるでうまいスイーツを食べているようだ。

 俺の知っているりんご飴じゃない。周りだけ舐めて捨ててしまった過去のりんご飴たちに土下座したいレベルで、うまい。


「でもね……甘いとすっぱいはなかなか出会えないんだって。人はおんなじような人を好きになるから。だけどね、それじゃだめなの。美味しい??」


「うまい」


「えへへ、今日は私がゆうくんを美味しくさせられましたね」


 ユリカちゃんがにっこりと笑う。華やかな浴衣すがただからいつもよりもずっとずっと新鮮で可愛く見えた。でも、母親の話を……家族の話をするユリカちゃんは少し悲しげで……。


「食べたら……金魚すくいとそれから〜」


「ユリカちゃん、花火まであと30分だよ」


「えっ〜! 急がないと!」


 ユリカちゃんは急いでりんご飴を食べると立ち上がって俺の腕を掴む。ヨーヨーを取ってとねだったり、金魚すくいに全敗したり……

 

「かき氷と……チョコバナナは売り切れ……! 来年も絶対来ようね!」


 ユリカちゃんがぎゅっと俺の腕に抱きついて言った。花火まであと10分。俺たちは急いでマンションへと戻ることにした。


***


 ソースとマヨネーズの香り。急いで温めなおした縁日の料理たちをベランダに運んで、二人の大好きなチューハイと、それからユリカちゃんのためのクッション。


 ——ヒュー、ドン


 心臓に響くような大きな音がして「ゆうくん! はじまったよ!」とユリカちゃんの声がキッチンまで響いた。俺は急いでベランダへと向かう。赤、金色、緑。色とりどりの花火が夜空へ上がっていた。


「きれぇ……」


 ユリカちゃんは立ち上がって花火に見入っている。びっくりするくらい美しい横顔に見ほれながらもユリカちゃんが俺の方を向いてくれないかと期待してしまう。

 あたらめて、こんな綺麗な子が俺の彼女なんだ……。


「ゆうくん、私たち飴と姫林檎になれますかね」


 花火が時折大きな音で俺たちの距離はだんだんと近くなっていく。ユリカちゃんの腰と俺の手が触れるくらい近くなって、俺たちは料理そっちのけで花火に見入った。


「飴と姫林檎のどっちが俺っすかね?」


 ——甘くて可愛くて、どっちもユリカちゃんっぽい。


「うーん……、どっちだろうね?」


 ユリカちゃんはにっこりと微笑んでぎゅっと俺の手を握った。


「ゆうくんは、あまあまの水飴さんで……あっでも硬くてしっかりした姫林檎? どっちがいいかなぁ」


「えぇ……姫林檎小さくて可愛いからユリカちゃんじゃ……いや、ユリカちゃんは俺に甘甘だし……」


「ゆうくん、ゆうくん」


 花火の音にかき消されないようにユリカちゃんが顔を近づけてくる。近い、そして花火のせいでキラキラといろんな色が彼女の瞳映って幻想的だ。長い睫毛の数が数えられそうなくらい近く……。


「きっと、私たちなら水飴にも姫林檎にもなれるんです。お互いがお互いを補って支えて、私たちは……二人絶対一緒にいなきゃだめ……だから」


「そうだね」


「じゃあ、ゆうくん、誓いのキス……ほら」


 花火を見ているというのに、こっちに向き直ってユリカちゃんは目を閉じる。いつもと誓うシチュエーションに俺は花火の音なんて聞こえなくなった。ドキドキと付き合う前よりもなんだか緊張して……

 俺を待ちわびてユリカちゃんが俺の服を掴む手にきゅっと力を入れる。早くしてとねだられているようで……


 ——ん?!


 唇の感触のあと、驚いた俺の視界に入ったのは真っ赤に照れるユリカちゃん。もじもじしながら、照れてるようなむくれているような表情。上目遣いでちょっと涙目だ。


「ゆっくりしてたら……花火終わっちゃうよ」


 ユリカちゃんは俺とベランダの柵の間に入り込んで、俺の腕の中で花火を見上げていた。



**** **** ****


 特別編は明日の更新で最後です><

 しばしお付き合いくださいませ





 

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