3 大波乱のサテライトオフィス
第20話 黒船(1)
「俺が! ゆうくんの隣っすよ!」
「だめだめ〜! 私がゆうくんの隣だもんっ!」
サテライトオフィスに響く声。三木くんとユリカちゃんが今にも取っ組み合いを始めそうな勢いで言い争いをしている。
なんというか、小学生が喧嘩しているみたいで俺は思わず笑ってしまう。顔もなんとなく似ているし、というかなんで男の三木くんが俺を巡って彼女に張り合うんだよ。
この二人がここに来た理由は社員増員に伴って広報チームの席が一時的にサテライトオフィスに移ることになったようで……。無論、いつもどおり部長クラスの俺には伝えられていなかったし、結構急に決まったのかな……(見逃していたかもしれないが)
「あら、じゃあ私がこっちに移動して二人で藤城部長を挟んだらいいんじゃない? 私はここ、藤城部長が一番良く見える向かい側に座るわ」
そういって二人を凍りつかせたのは相馬さんだ。余裕の表情で俺に微笑みかけて「ずるい」と言い出しそうなユリカちゃんと三木くんをまるっと無視してパタパタとブラウスの襟元を持って「暑いなぁ」と言った。
「はい、会社からちゃんと席が発表されているんでそこに座りましょうね。藤城くんはお誕生日席、広報チームはこっちの席で、相馬さんは私の隣。はい、動いた動いた」
木内さんがパンパンと手を叩く。ナイス……!
で、俺と一番近いユリカちゃん、ユリカちゃんは満足げだが、ユリカちゃんの真向かいでもう1つ俺と近い席が空席である。
「この空きは?」
「藤城くん、疲れてる? 今日からアメリカの会社の交換留学生が来るっていったでしょう?」
あ、そうだった。土日はユリカちゃんとイチャイチャ(主にベッドで)、こっちの仕事もたまっていてすっかり忘れていたが……そういえばヒナちゃんが無事にアメリカについたと連絡があったっけ。
浮かれたヘソ出しの写真を送って来ていたから大丈夫だろう。
「あー、すまん。木内さん、留学生の子の面倒お願いしても……?」
「留学生のアリスちゃんはお昼頃本社に迎えにいって来ます。えっと、藤城くんは今日先方に挨拶したら明日の取締役の会議資料仕上げてくださいよ」
木内さんには頭が上がらない。
「で、広報チームのお二人は藤城くんに迷惑をかけすぎないように」
ピシャリと木内さんが言って出ていく。そんな木内さんだが、留学生の指導は彼女の希望でもあった。俺も彼女の仕事の支援はできるだけしてあげたいと思っている。
「またゆうくんの近くでお仕事できて嬉しいなぁ」
デスクに座って頬杖をつきながら照れたような表情で俺を見つめるユリカちゃん。
「藤城・ぶ・ちょ・う」
そう言われてみればこの役職になってからユリカちゃんと同じオフィスで働くのは初めてだ。あれ……? さっきからなんか違和感が……アッ
「あの〜、間宮さん。それから三木くん」
俺に呼ばれて嬉しかったのかユリカちゃんも三木くんも子犬のようにキラキラした瞳で俺を見上げる。顔がいい……
「職場で……ゆうくんはよさないか??」
木内さんも相馬さんもなぜ突っ込まなかった?! 俺も俺だけど!
***
「部長〜、こことここがわかんなくてぇ」
相馬さんに資料作りを教えている俺の背中に強い視線を感じる。チラリ、目をやってみるとユリカちゃんである。
俺は少しだけ相馬さんと距離をとってみる。椅子を引いて、遠ざかると相馬さんのタイトスカートからのぞいた脚が逆によく見えた。薄い黒タイツから透けて見える白い脚、相馬さんが足を組んでいるせいでムチっとしているのがよくわかった。
いかん、いかん。
こんなん、まーたタートルネック着なきゃならないほどユリカちゃんがベッドで暴れる。
俺は理性を保ちながら相馬さんのPCの画面に集中する。
「こうですか?」
「違う違う、こう」
つい手が動く。相馬さんとの距離が近くなって……相馬さんが俺にPCをいじらせるために椅子を引こうとした。
その椅子が俺の椅子にぶつかって相馬さんはバランスを崩し……
「きゃっ!」
相馬さんは椅子から転げ落ち、床にへたり込み、俺の太ももあたりにがしっとしがみつく形でなんとか頭を打たずに済んだが……相馬さんの細い指が俺の内腿をむにゅっと刺激する。
だめだ……まずいぞ。これは生理現象だし、瞬間的に振り払ったら相馬さんが怪我するかも……。
「だ、大丈夫です……か?」
俺の言葉に相馬さんは自分のお尻あたりを片手でさすし、もう一方の手は俺の太ももに触れたまま見上げて来る。
「い、痛いです〜」
俺はいったん相馬さんを起こすために腕を引っ張り、そっと自分の椅子に座らせた。
「怪我はないですか……?」
「お尻が……いたくて」
相馬さんは腰あたりをさする。ぴったりしたタイトスカートのせいで腰のラインがS字になってるのがよくわかる。細くてしまったお腹から続く柔らかい丸い腰。お尻の方は……って何みてるんだ俺!
「だ、大丈夫ですかっ?」
心配そうな声をあげたのはユリカちゃんだ。さっきまで嫉妬の視線を送って来ていたのに、ユリカちゃんは心配そうに相馬さんに駆け寄って脱げてしまっていたハイヒールを拾うと相馬さんの細い足に触れた。
「んっ……」
相馬さんが顔をぴくりと歪めた。俺はその間に相馬さんの転がった椅子を立て直す。
「ゆうくん、じゃなくて藤城さん。相馬さん、足ひねってると思います。三木くん、Sサイズのサンダルと湿布買って来てください。それから、靴をいれられる袋も」
相馬さんは「ありがとうございます」とユリカちゃんに言うと足をかばいながら自分の椅子に座り直す。俺はユリカちゃんのキリッした姿を初めて見たような気がした。てっきり、ラッキスケベ的な展開に怒るかと思ったが……
「藤城さんはお怪我ないですか……?」
心配そうに俺に近寄るとユリカちゃんはそっと俺の胸に触れた。大丈夫と答えると安堵の息を吐いて「よかった、心配したんだよ」と上目遣い。職場だから、俺の部下の前だから、きっと気を使ってくれたんだ。
「ハロー エブリワン!」
そんな雰囲気の中響き渡った元気な声。
俺たちの視線が向かった先、オフィスの入り口。優しく微笑む木内さんと……随分背の低い女の子がニコニコ手を振っている。
息を飲むように美しいグリーンの瞳、くるっくるの金髪はツインテールに結ばれ、まるでロリータファッションみたいな服を着ていた。
「アリス・ゴートンだよ」
いや、タメ口?! あっ、留学生の子か。なら仕方な……
「子供?!」
俺とユリカちゃん、そして相馬さんが見事にハモる。するとアリス・ゴートンは不満げに眉間にしわを寄せ、腰に手を当てて怒ったようなポーズをする。幼稚園生かな??
「ノーノー! 子供じゃない! アリスは立派な14歳よ!」
(子供だな……)
俺たちは顔を見合わせる。木内さんが呆れたように微笑んでいる。相馬さんのために買い物に走っていた三木くんも戻ってきて息を切らしながら不思議そうな目でアリスを見ていた。
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