第17話 結婚したら(1)
じゅうじゅうとフライパンの上で音を立てるそれは刺激的な匂いがする。可愛い彼女のリクエストで「にんにくましまし、にらましまし」である。俺の家は白菜派だから蒸らしすぎには要注意。
「両面焼き?」
「もちろん!」
元気に返事をしユリカちゃんは嬉しそうに飛び跳ねる。たゆんと胸が揺れるのがわかるほど服装は薄着である。
キンキンに冷やしたビールが恋しい……。ごくんと俺が喉を鳴らすとユリカちゃんはぺろりと舌なめずりをして色っぽい瞳を向けてくる。
「もうちょいですよ〜」
「ゆうくんの喉仏、色っぽいねぇ」
ユリカちゃんは唇を尖らせる。あぁ、今夜は朝までコースか……と覚悟を決めて俺は餃子をひっくり返した。
「すごい!」
ユリカちゃんが胸の前で小さく手を叩いた。家の中だからリラックスしているのか下着がうっすらと見えている。ショートパンツから覗く足も肉感があって……。
いかんいかん、焦がしちゃ話にならないぞ。
俺は餃子に集中する。
「ユリカちゃん、ビールの準備よろしくっすよ」
「はーい」
つめてっ! と言いながら冷凍庫からグラスを取り出して、シンクの中で氷水につけてあったビールを取り出し水気を拭っているユリカちゃん。
夏が近づいたからか、少し汗ばんだユリカちゃんの首元がいやに色っぽかった。
***
「キムチ入り、チーズ入り、カレー粉入りのカレー餃子と激辛餃子。ユリカちゃんはどれが好き?」
ユリカちゃんはもぐもぐと餃子を頬張ってうーんと考え込んだ。
「やっぱり、辛いのかなぁ」
キンキンに冷えたビール。最高の組み合わせだ。ユリカちゃんも俺もほろ酔いで最高のつまみを目の前に幸せな時間を過ごしていた。
締めはふわふわ卵とわかめスープのクッパである。
——匂いとか気にしないくらい俺たち気を許せるカップルになったんだな
ユリカちゃんの望む「結婚」を感じて俺はしみじみと考える。ユリカちゃんとの新婚生活。きっと楽しいに決まっている。
でも、俺はすぐに彼女の申し出を受け入れたくはなかった。それは……
「ゆうくん、じゃんけんのお時間です!」
これである。
「片付けじゃんけん、じゃんけんぽん!!!」
俺はチョキ、ユリカちゃんはグー。酔ってる時、彼女がグー出しがちだから……俺はチョキを出した。ユリカちゃんの指先が荒れるのは避けたいし……。でも、こういう細かい気遣いが、結婚生活では毎日のストレスになると聞いたことがある。
俺とユリカちゃんの関係は……多分結婚したら俺がきっと……。
「えへへ〜、私の勝ちだねっ」
ユリカちゃんの笑顔をみれば、むしろ働けて光栄です!! って思う。でも、これが当たり前になったら?? 俺は彼女を尊いと思い続けることができるか不安だった。
「じゃあ、ユリカちゃんお風呂の準備お願いできる?」
「うんっ」
「滑らないように気をつけて」
お風呂の準備ってのは風呂のボタンを入れるだけ……。ユリカちゃんはぽちっとボタンを押すと、振り返って「褒めて」と笑顔を向けてくる。
「ありがとう」
俺の礼にデレデレしたユリカちゃんはシンクの前に移動した俺にひょこひょこと付いてくる。そして、俺の後ろに回るとバックハグすると見せかけて腕まくりをしだした。
細くて白い指が俺の手首や腕をさわさわする。ぎこちなくまくられていく服が上がっては落ち、上がっては落ち。背中に感じる柔らかい感触と吐息、
「わわっ、ユリカちゃん?」
「ふふっ、同じもの食べてるから匂いも気にならないでしょ? ゆうくん、すーぐ気を使うんだから」
見当違いな意見を言い出してユリカちゃんは腕まくりを続ける。酒のせいかうまくできないらしくフェザータッチされているようでぞわぞわする。背中を震わせた俺を見て、ユリカちゃんはピタリと動きを止める。
「ゆうくん、感じちゃった?」
ちう。
首筋に感じた心地よい感触。吐息が擦れてくすぐったかった。ユリカちゃんは腕まくりをやめて本格的に俺の背中に抱きつくと細い彼女の腕が俺の腰に巻きついた。俺のうなじあたりに頰をすり寄せて「すき、ぜんぶ好き」とつぶやいている。
酔った時の甘々で素直すぎるユリカちゃん。
「ゆうくんの匂いここが一番するから好き」
うなじをスンスンされては洗い物なんて手がつかない。ぎゅうと締め付けられる体、匂いを嗅がれている感覚に背中にあたる2つの柔らかい感触……。
どのくらい時間が経っただろうか。ユリカちゃんはいつまでも俺のうなじをスンスンしていた。
——お風呂が沸きました
「ゆうくん、洗い物より先にお風呂……いこ??」
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