第16話 イケメン君と俺(2)
半ば強引に……というか社長に誘われたら断れないのが中間管理職の辛さである。小洒落たバーに俺とイケメンが座り、客は俺たちしかいない。初老くらいのバーテンは黙々と作業をするタイプの職人だった。
「俺、藤城さんと話せて嬉しいです」
「あはは、光栄だよ」
「間宮さんと付き合ってるって聞きました」
いっきなり本題ですね??
「付き合っているっていうか、まぁその結婚を前提でって感じだな」
カッコつけてウイスキーを頼んで見たが死ぬほどうまい。なんだろう、料理はいくらでも美味しく作れる気がするけど……このたった一杯の酒はバーテンダーに一生敵う気がしなかった。
「よかった……」
三木君は俺が予想した全てのリアクションとは違う【安堵】を見せた。どうして彼がそんな感情を見せたのか俺にはわからない。聞こうとしても
「そうだ、藤城さんはSNSをやる上で一番大事にしているものってありますか?」
とクソ難しい質問を投げてくる。
偽物さんのアカウントを始めた時、俺は自分の顔が普通の人よりもだいぶイケてなくて、それでも周りの人間みたいに「ネットの中くらいはリア充」になりたかった。だから、顔出しはしないけれどリア充の奴らみたいなキラキラした料理を作ってあげてみたり、おしゃれな雰囲気の写真をあげて見たりした。
顔出しをしないことが逆に受けてぽんぽんとフォロワーが増えていった。そのあとは趣味の料理をあげていただけだ。
それが今ではレシピ本を出したり、インタビューを受けることもある。顔出しはしないけど。
「うーん……ほら、俺はカッコよくもないし陰キャだし、でもSNSで有名になってちやほやされたいなって思ったんだよなぁ。だから研究して、試して、どんなに反応がもらえなくても続けたって感じかな」
三木君はキラッキラの瞳で俺の話を聞きながら「すげぇ」と小さくいった。
「三木君はその顔面があればいつでも人気が出るよ」
俺の言葉で彼は眉を下げた。
「顔だけ……っすよ。俺なんて」
どっかで聞いたことがあるセリフ。俺はあったばかりの時の間宮さんと三木君を自然と重ねた。俺は自分自身が美しさを持たないことに関して強いコンプレックスがあった。だから、顔がいい奴らを自然と避けて恨むようになった。けど、大人になって間宮さんと触れ合うようになって……そういう人たちにもそういう悩みがあるってことを恥ずかしながら知った。
「これは間宮さんから聞いたかもしれないけど」
三木君はコロンと氷の音を立てた。ウイスキーがよく似合うこと。
「自分がやりたいことを実現するのがSNSで成功する近道だと俺は思う」
三木君はふっと溢れるように笑うと「やっぱ、藤城さんが本社での評判が良い理由がわかったっす。俺も……藤城さんの部下になりたかったなぁ」
「飲むぞ」
「へっ?」
「マスター、おかわりとナッツもらえますか」
***
——俺も、ゆうくんって呼んで良いっすか
俺は家への帰り道、ふらふらと歩きながら恥ずかしくて顔が真っ赤になっていた。いや、これは酒のせいだ。きっと酒のせいに違いない。
ユリカちゃんは本社で何度か俺の話をするときに「ゆうくんは」と漏らしていたらしい。そのおかげで本社のやつらのほとんどが俺たちの関係に勘付いているらしい。いや、その別にいいんだけど……。
「ゆうくんって呼ばれているの知られるのは恥ずかしすぎるっ!」
ユリカちゃんへのお土産を持って、酔いを冷ましながら帰る俺。早めの解散だし、多分怒ってないと思うけれど……こんな心配をするのはまるで既婚者のおっさんだな。と笑ってしまいそうになる。
いけない、いけない。俺、酔ってるぞ。
しばらく歩くと見えてくるおしゃれなマンション。ポケットから鍵を取り出してオートロックを開ける。一応ポストを確認してからエレベーターに乗り込む。
部屋のドアを開けようとしたところ、ぐいっと内側からドアが開けられて額をドアにぶつけそうになった。
「!!??」
「遅いっ!」
ユリカちゃんである。タンクトップにショートパンツという部屋着の中でも露出度の高い格好でドアから飛び出してきたユリカちゃんを受け止めて、俺はげふっと胃の中のものを戻しそうになった。
「ご、ごめん」
「むぅ……もうお仕事以外で飲みに行くのはだめっ」
「ユリカちゃん、ここ外だから……ほら中に入りましょう」
ずしっと重たいユリカちゃんを自立させて、俺は玄関の中へと入る。まだ午後10時。怒られるような時間ではなさそう。
「ゆうくん、三木くんと女の子のいるお店に行ったんでしょ」
「行ってない行ってない」
「ほんとぉですかぁ??」
まじで言ってないけど、そんな風に迫られると絶対に! ボロが! 出るからやめてっ!
「行かないよ……。ユリカちゃん、いつもの作ってくれる?」
「作って待ってた」
ユリカちゃんはキッチンの方へ行くと小さな茶碗を取り出して土鍋から粥をよそった。すりつぶしたハチミツ梅干しに鰹節と醤油を混ぜ込んで隠し味に味噌が入っている薬味をおかゆに乗せてくれる。
二人で酒を飲んだときは必ず食べるこのおかゆ。俺が先方との付き合いで飲みに行くと毎回作ってくれているのだ。
「ゆうくんがいないから……寂しくて片付けほとんど終わっちゃったよ?」
そういえば……。リビングにあった段ボールが少なくなっていた。重たいアンティークのランプなんかはまだ段ボールの中にあるっぽいが小物や衣類なんかはほとんど片付けられていた。
「ごめん」
俺の謝罪にユリカちゃんはハグで答えてくれる。
「あんまり三木君とも仲良くしちゃだめ……」
おぉ……そっちっすか?!
彼、男の子なんですけどね??
「あ、ユリカちゃん。俺のこと……ゆうくんって本社で言っちゃだめっすよ」
俺の言葉にユリカちゃんはかぁぁっと真っ赤になり小さな手のひらで自分の顔を隠した。
「だって……ゆうくんのことが大好きだから……ゆうくんの話を始めると止まらなくなって……それで、気が付いたら」
恥ずかしかったのか俺が食べるはずのおかゆをユリカちゃんが頬張った。口の周りをおかゆだらけにしながら「おいしい!」と言い出す始末。
酔っている俺より酔ってるみたいな行動をしだすユリカちゃんに俺は思わず笑ってしまった。
——やっぱこの子が好きだ。
「しゃ……社長にも言っちゃった……」
てへっ。と笑うユリカちゃん。俺はみるみるうちに酔いが覚めて行くのを感じた。
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