第15話 イケメンくんと俺(1)


 いつにも増して熱い視線。

 俺は三島部長を初めて恨みそうだった。


「俺、偽物さんがまだ3桁フォロワーの頃から好きで……」


 三木隼人は目をキラッキラに輝かせて俺の手を握っている。整った顔だな、とか良い匂いがするなとか乙女みたいな気分になりながら「あはは」と苦笑いをする。三島部長め……多分、三木くんがあまりにも熱心に話すもんだから自慢げになって俺の話をしやがったな……。


「まさか、俺のインターン先の企業にいるなんて、俺……まじで頑張ります!」


「お、おう」


「ちょっと、手を握らないでくださいっ、いやっその……はしたないですよっ!」


 俺と三木くんを切り離すようにユリカちゃんが腕を振った。ぷんぷんと怒った様子で三木くんを睨みつける。

 三木くんは「そんな、いいじゃないっすか。オトコ同士なんだし」と拗ねて見せた。


 ——ユリカちゃんは……男にも嫉妬するんすか


「んで、俺になんのようっすかね??」


 今は相馬さんの教育と海外インターンの受け入れ準備で忙しいのだ。頼むから、本社で仕事しててくれ。


「間宮さんがずっと藤城さんの自慢するもんで、いや俺も広報見習いとしてお話うかがいたいなぁって。だってほら、偽物さんでもうちの会社のSNSでも成功してるなんて……すげえっす。俺も教えて欲しいっす」


 ユリカちゃんの制止をよそに三木くんは俺の手を握ると「お願いします!」と何度も頭を下げる。てっきりユリカちゃんを取られるんじゃないかって思ったがこれ取られるの俺じゃね……??


「あはは〜、基本は間宮さんに聞いて欲しいけど、まぁチャット飛ばしてくれたら答えますよ」


「答えなくていいですよ〜。藤城部長は忙しいんですからっ!」


 ぐいっと三木から俺の腕を取り返すように引き寄せると大胆にもカップルの距離で見つめてくるユリカちゃん。

 三木は「ぐぬぬ」と言いながら俺のもう一方の手を取ろうとしたが……


「藤城部長? 先方のことで相談なんですけど……いいですか?」


 空いている俺の腕の服の裾を掴んだのは相馬さんだった。ユリカちゃんが掴んでいる方の腕はぎゅっと締め付けられる。


「あ〜、じゃあ藤城さん。よければ今日か明日の夜、飲みにでもいきません? もちろん、オトコ同士で」


 相馬さんとユリカちゃんを牽制するように言った三木くんはさっとオフィスを出て言った。

 いや、もうなんなんだよ。まじで。

 とはいえ、ユリカちゃんに興味がなさそうでよかった……のか?


 問題は俺をつかみ合って睨み合う女子二人である。ユリカちゃんはいまにも飛びかかる寸前のネコ、相馬さんはそれを余裕で眺めるピューマ……。


「だめですよ! 藤城部長はいまから私のアドバイザーとしてランチに行くんですから」


 ユリカちゃんが口を尖らせる。


「あら、間宮さんはもう素晴らしい広報なのだから藤城部長にアドバイスもらう必要が? それに、藤城部長の部下は私なんですよ」


 相馬さんが余裕の表情でユリカちゃんを見つめる。いや、この二人睨み合っているのか?


「藤城くん、お昼は先方と打ち合わせだったでしょう? ほら、タクシー来ちゃいますよ」


 ため息をつきながら俺に声をかけてくれたのは木内さんだ。まじで、ナイス……。打ち合わせなんてないけど。

 

「そろそろ焼肉おごってもらいますよ」


 木内さんからチャットが来ているのをスマホで確認し、俺は離れてもなお睨み合っている二人に「じゃあ、またあとで」と声をかけ、木内さんとオフィスを後にした。


***


 煙は一切出ないような高級焼肉でナムルをむしゃむしゃと食べていた。ごま油の香ばしい風味ともやしの食感が心地よい。目の前で焼ける牛タンにはたっぷりのネギ塩。今日はアポもないし、面接もない。俺と木内さんは肉が焼けるのを待っていた。


「まったく、相馬さんに話すべきですよ。彼女がいるって」


「言ったよ」


 俺の回答に木内さんは眉を段違いにして怪訝な表情をする。少ししてから唇を噛むと網の上で焼けた牛タンを掴んで皿にとった。


「やっぱり」


「やっぱり?」


「相馬さん、仕事はできるし経歴もバッチリ。でもあんまり良い噂聞かないから。多分、藤城くん狙われてるよ」


 木内さんはパクッと牛タンを一口で食べると唇からこぼれそうになったネギをペロリと舌でなめとった。それがあまりにも美味しそうで俺も牛タンを皿にとるとぎゅっとレモンを絞ってから頬張る。うん、最高。美味しい。


「元アナがなんで俺を……さすがに草」


 木内さんの前ではヲタクっぽくなってしまう俺。言った後少し恥ずかしくなったが木内さんはいたって真剣だ。


「いや、ほんと。女の勘だけどさ。あぁいう女の子って何でもかんでも自分のものにならないといやだって感じなんだよね。藤城くんが相馬さんに興味を示さなかったことが気に食わなかったんじゃない?」


 じゅう……と音を立ててハラミたちが網の上で焼けていく。木内さんセレクトの肉達を俺は丁寧に裏返しながら「どうぞ」と焼けたものを彼女の皿に乗せる。


「きっと勘違いだよ。俺に媚び売っておけば良い立場になれるとかそういう魂胆だろう」


 タレをたっぷりつけた肉を白米の上に乗っけてから食べる木内さんはすごく庶民的でギャップがあると思った。大人しそうな女子が食べている姿ってのはなんかえっちだ。


「藤城くんって本当に自分のことわかってないよね。でも、彼女を心配させるようなことはしないでよね。私が……あきらめた私がみじめだから」


「え?」


「なんでもないっ、ほら食べよ」


 木内さんの後半の言葉か聞こえなくて聞き返したが怒られてしまった。豚トロを乗せたせいで七輪から大きな煙が上がる。


「おかわり食べちゃお」


 木内さんがタッチパネルを抱えるとなにやら注文を始めた。

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