2 家事の分担と共働き

第13話 あざとい系女子には要注意(1)


 ユリカちゃんから、三木隼人について衝撃の事実を知らされてから俺は安堵したようななんだか面倒なことになりそうな複雑な気持ちだった。

 俺みたいな顔も出さないインフルエンサーにもガチ恋勢が居たなんて。


「おっ、私はタコさんでゆうくんはウサギさんですね」


 俺が詰めている弁当を見ながらユリカちゃんがツンツンとちょっかいをかけてくる。朝から可愛い。


「ふりかけは卵とさけどっちがいい?」


「ゆうくんは?」


 気分的にはさけ……だけど。


「半分にしようか」


「えへへ〜」


 ユリカちゃんは欲しい答えだったのか嬉しそうに俺の腰に抱きつくと頰に唇を押し付けてくる。

 ユリカちゃんの仕事であるコーヒーは放置されているがまぁいいだろう。可愛いし。


「時間やべっ」


「はっ! ゆうくん! コーヒー飲みましょう!」


 俺の言葉にユリカちゃんは自分の役割を思い出すとコーヒーメーカーをポチポチといじりだした。

 全粒粉のちょっと高い食パンがこんがりと焼き上がり、お弁当に詰め切れなかったソーセージと、スクランブルエッグ。それからフライパンで焼いたポテト。質素だがまぁいいだろう。

 ユリカちゃんがコーヒーを淹れおわる頃、やっとこさ組み立てた新しいダイニングテーブルに美味しそうな朝食プレートが並んだ。


「ユリカちゃん、お話があります」


「??」


 突然、かしこまった俺にユリカちゃんは首を傾げた。俺としてもこれを彼女に伝えるのは心苦しいが……。


「お部屋を片付け終わるまで夜のイチャイチャは禁止にしようと思います」


 俺の言葉にユリカちゃんはショックを受けたのか眉と口角をくいっと下げる。

 というのも、土曜日に引っ越しを完了した俺たちだが、ユリカちゃんおサボりぐせが出て全く片付いていないのだ。部屋にいるとイチャイチャしたがるし、最悪ベッドに連れ込まれる。ベッドに連れ込まれたら数時間、嬉しいことに行動不能になるし、行為のあと片付けをする気には到底なれないのだ。


「で、でも……それはカップルのこみゅにけーしょんだもん」


 ふてくされた顔で体を揺らすユリカちゃん。


「ユリカちゃん、部屋を見てください。段ボールだらけだと落ち着かないでしょ?」


「むう」


 ユリカちゃんは俺を可愛く睨みつけながら食パンを咥える。きっと、誘惑すれば俺が落ちると思っているんだろう。余裕のある行動だ。

 でも……俺は負けないぞ!


「そんな顔してもダメなものはダメですからね」


***


 ヒナちゃんの出発まであと一週間。無事、彼女は父親を説得して大学を休学し、うちの会社と相手の会社での就労ビザのいろいろがうまく手続きできたとコーポレート部署から連絡がきたところだった。

 アメリカの都市部といっても日本とは比べものにならない治安の悪さだし、ヒナちゃんは非力な女の子だからそういった面でも安心安全のホストファミリーを手配させ、出社時と退社時の警備もなんとか向こうの経費でやらせる交渉を取り付けた。


「木内さん、あざっす」


「さすがに今期は昇給かなぁ」


 と木内さんに圧をかけられながら俺は苦笑いをする。さすがに昇給ですね。これは。


「そうだ、今日の午後で本社研修が終わりですよね、相馬さんのレクチャーや引き継ぎお願いしますよ」


「わかった。そしたらインターンの子たちの管理お願いするよ」


 はいはい。と木内さんは返事をすると「焼肉で許します」と笑った。いや、そろそろまじで彼女には焼肉くらい奢らないと。結構高いやつ。

 俺は相馬さんに割り振る仕事をまとめながら木内さんの昇進をどうやって上に推薦するか考えていた。


「お疲れさまでーす」


 と滑舌の良い透き通った声は相馬さんのものだった。さすが元女子アナ。笑顔も完璧、清潔感のある服装も好印象である。ただ、窮屈そうな胸元はちょっと教育に悪い。


「あっ、藤城部長」


 小首を傾げて小さくお辞儀した相馬さんは高いヒールなのに小走りで俺に近づいてくる。


「本社の研修が本日で終わりまして……やっと本格的にカメグラマーケ部でのお仕事ができます。まだまだ分からないことも多いと思いますがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ」


 上目遣い、男性の目線から見るとVネックから覗く大きな胸。透明感のある頰は少しだけ桃色で小さな耳にかけた黒髪は「清楚」そのものだと思った。


「あっ、そろそろお昼ですよね。自己紹介も兼ねて一緒にランチ、しませんか?」


 相馬さんは自分のデスクにバッグを置くとちょっと古風な柄の弁当包みを取り出すと俺の目を見て微笑んだ。相馬さんはPCを開くとぱぱっと会議室を予約し「行きましょっ」と俺の腕を掴む。

 あっという間の出来事に俺はされるがままに自分の弁当を持って相馬さんに連行されたのだった。

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