第11話 新居でペッパーランチ!(1)


「ゆうくん! ここが私たちの愛の巣ですよぉ」


 ハイテンションのユリカちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねた。そこそこ良いマンションの角部屋は見晴らしも良く、おしゃれで広くなった部屋に俺たちの荷物が運び込まれていた。積み重なった段ボールをこれから荷解きすると思うと気が遠くなりそうだった。

 そりゃそうだ。荷物は二人分。経験したことのない量なのである。


「ゆうくん、赤ちゃんができるまでではあるけど……ここでも楽しい思い出をたくさん作ろうね?」


 ぎゅうと抱きついてきて満足げにユリカちゃんは言ったが、まだ子供は早くないっすか?!

 付き合う前から思っていたけれど、ユリカちゃんは俺の数歩先を生きているような……?

 陽キャってそういうもんか。やっぱり、人生には行動力とノリが大事だもんな。


「さてと……片付けちゃいますか」


 えいえいおー!

 と拳を突き上げて、ユリカちゃんはクローゼットのある寝室へと入っていった。彼女のオーダーでベッドはせまめのダブル。結構広い寝室だから俺は大きめのベッドがよかったんだが、彼女が頑として譲らなかった部分だ。


「重いものあったら呼んでくださいよ〜」


「はいはい〜!」


 超陽気な返事が聞こえてくる。さて、俺はキッチン周りとリビングの電化製品を出しちゃうか。そうだ、洗濯機は引越し業者がやってくれたんだっけ?

 

「ゆうくーん!」


 ユリカちゃんの声、俺は開きかけた段ボールから手を離して寝室へと向かう。


「どうかしま……ん?!」


 寝室の真ん中、洋服が散乱した部屋には下着姿のユリカちゃん。

 

 (????)


 あまりのことに困惑している俺を尻目に、ユリカちゃんは服の山の中から1着のワンピースを取り出すと自分の体に当ててにっこりと微笑んだ。


「これ覚えてる? はじめてゆうくんとデートに行った時のワンピース!」


 確かによく覚えてはいるものの、白昼の下着姿というのは見慣れないもので、あまりのことに目をそらした。

 多分、見えてないけどユリカちゃんは目をそらした俺に不満げな視線を向けているのがわかった。


「えっと……寒くない?」


 やっとのことで俺の口からでた言葉にユリカちゃんは首を傾げる。寒いわけあるか! なんなら俺だってもっと薄着で過ごしたいくらいだ。


「これは覚えてる?」


 ユリカちゃんが手に取ったのはシンプルなTシャツ。難問である。Tシャツはいいのだが、その後ろにちらつくユリカちゃんが刺激的すぎて集中できない。出会った頃よりも少しムチっとして、肌は白くてすべすべ……じゃなくて!

 俺の答えが遅くなるほどユリカちゃんは口を尖らせる。まずい……女の子の服装なんてそもそもよくわからないのに……。


「えっと、最初に散歩した時の服……?」


「ぶっぶー!」


 大股で詰め寄ってきたユリカちゃんは俺のほおをつねると瞳に涙を浮かべる。


「ご、ごめん」


「これは……はじめてお泊まりした日の朝の服です」


 わかるかーい!

 一緒に住んでからのユリカちゃんの寝間着のイメージはふわっふわの高いやつだし、確かに出会ってまもない頃のユリカちゃんはそういうタイプじゃなかったけど……。


「じゃあ、これは?」


 こんどはジーンズ。バキーパンツ? っていうんだっけか。

 確かこれは……


「動物園行った時の」


「ぴんぽーん! ご褒美はちゅうです!」


 チュッと可愛らしい音を立ててユリカちゃんの唇の感触が頰に触れる。


「——じゃあ次は〜」


 

***


 ユリカちゃんのファッションクイズに付き合わされた俺はほとんど片付けが進まないままキッチンに立っていた。皿を出すのも、調理器具を出すのも面倒だしそういう時はホットプレートに限るのだ!

 アイランド式のキッチンにして心底良かったと思いながら俺は四角いホットプレートの電源を入れた。

 

「もみもみ終わりました!」


「あざす」


 ユリカちゃんに任せていたのは牛肉の切り落としスライスの味付けである。すぐ捨てられるようにポリ袋に調味料と肉をぶち込んで揉み込んでもらっていたのだ。俺はコーン缶を開けて、ネギを刻み、冷蔵庫からバターを取り出すとホットプレートでバターを溶かす。


「これは映えるっすよ! ユリカちゃん、写真っ!」


「偽物さんのペッパーランチ!」


 ユリカちゃんはいい画角でペッパーランチを作る俺の手元を撮っていく。プレートの中央に山盛りご飯。それを囲むように漬け込んだ牛肉と美しい彩のコーン、ミックスベジタブル。そして香りづけのネギをご飯の上にちらして、追いバター醤油!


「わぁ……これは食欲をそそりすぎますぅ」


「引越し祝いでもらったアレ、開けちゃいますか」


 俺の言葉にユリカちゃんが目を輝かせる。

 いくつかの段ボールを漁って、見つけたそれはひときわ美しい紙袋に入っていた。兄貴の奥さんで、ソムリエの資格を持つマリコさんが引越し祝いに送ってくれた赤ワイン。イタリア産のさっぱりした味でシンプルな肉料理や和風な味付けとも合うとか言ってたはず。

 

「かんぱーい!」



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