第9話 ヒナちゃん(1)
「ジーーッ」
俺の首元……結構汗ばむ季節なのにタートルネックを着ているせいで怪しまれている。俺をじっとジト目で見つめているのはインターンのヒナちゃんである。現在大学3年生、留年。俺が卒業した大学なんかよりもはるかに優良な大学に在学しているが……なんというか、この子はとても個性的な子である。
「な、なに?」
「暑くないですかね?」
ヒナちゃんは首をひねって俺の首を指さした。
よかった、ヒナちゃんが純粋な子で。ヒナちゃんの後ろでクスクスしている木内さんは多分、事情を知っている。木内さんとユリカちゃんは最近仲良くしているらしい。何度かランチをしたとユリカちゃんから聞いたっけ。
あまり趣味の合わなそうな二人だが……まぁ二人が楽しいならいいと思う。
「ぶちょお、変なの〜」
「ヒナちゃん、今月シフト多いけど大学は大丈夫なの?」
俺の質問にヒナちゃんは一気に不安な表情になる。
「それは……そのぉ」
「ちょっと面談しようか」
俺はぱぱっと会議室を予約する。多分、ヒナちゃんは大学を辞める気だ。
ヒナちゃんは小柄だがグラマラスないかにも男子が好きそうな見た目の女の子だ。顔も小動物のようで可愛いし、趣味も多い。明るく性格も良い。思いやりがある子なので仕事も良くできる。海外に留学経験があるから木内さんと一緒に海外クライアントとのやりとりもできる。
十分に優秀な人材だし、彼女を嫌いだと思う人は少ないと俺は思っていた。
「いじめ……かぁ」
「はい。なんか……私が男の子を奪う、みたいな噂が流れていたらしくて。仲良くしていた女の子みんな無視されたりして……こういうの、作られたり」
ヒナちゃんのスマホを受け取る。そこにはいくつかのスクショで作られたショートムービー。音楽に合わせてスクショと、それから悪口が書かれていた。雑な加工で目線モザイクは入れられているもののヒナちゃんが標的になっているのは明らかだった。
俺自身、学生時代に嫌な思いをした経験があるがまだスマホやSNSがほとんど普及する前だったからこうやって一生ネット上に残ってしまうようないじめではなかった(記憶には残るが)
「ひどいな」
「それで……去年はほとんど授業に出られなくて……親にも相談できなくて」
仕事中は明るく笑顔だったヒナちゃん。きっとうちの会社でインターンしている時がよほど楽しかったんだろう。学生ではなくて大人の俺たちと関わることで彼女が彼女の心を支えていたんだと思うとなんだか俺まで胸が苦しくなった。
「そっか……親御さんは?」
「あぁ、うちの親は私に関心がないんで……。留年したこと伝えても別になんでもないって感じです。ただお金は出してくれるんで」
ヒナちゃんの家は会社経営者のお父さんと元ホステスの義母、腹違いの幼い弟といった構成らしい。まぁ、複雑だが金銭面は特に問題ないってのが救いだな。
「とはいえ、大人としては大学をサボらせてまで仕事をさせるのはどうかと思ってるんだ」
そんな風に言いながらも、家庭にも学校にも居場所のないヒナちゃんから居場所を奪ってしまうのはよくないと思った。案の定、ヒナちゃんもうつむいてしまう。
「もちろん、インターンとして仕事をやってもらいたいよ。でも、いったんこのシフトはあずからせてほしい」
***
「ひどいなぁ」
ユリカちゃんは俺の膝の間に座って俺のスマホをいじっていた。というのも、俺はあくまでも男性だし最近の女子大生の事情なんてものはよくわからないのが現実だからだ。
ということで、SNSの最先端トレンドなんかにも詳しい彼女に相談することにしたのである。お風呂上がりのユリカちゃんの髪の匂いに酔いそうになりながらも俺は必死で考えていた。
まず、一番はヒナちゃんが楽しく過ごせること。次にヒナちゃんが将来不利にならないようにすること。それでいてうちの会社の人員不足をこれ以上悪化させないこと。
「ユリカちゃんも昔いじめにあったことあるっていってたからさ、聞きたくて」
ユリカちゃんは俺にスマホをよこすと向き合うように座り直してガシガシと俺の髪をぐしゃぐしゃにした。やめて欲しい。
「パターンは違うと思うけれど、ヒナちゃんってあの可愛いインターンの子はきっと何かのきっかけで嫉妬の対象になって、それがいろんなしがらみや相手の子の気分でここまでエスカレートしたんだと思う。私の時は男の子たちが味方についてくれたり、私を利用したい子たちが味方についてくれたり……それも悲しかったけど、ヒナちゃんの場合はそうじゃなかったんじゃないかな」
ユリカちゃんは多分、圧倒的に美人すぎるから「味方したほうが得」って思うやつらがいたんだろう。その分、ヒナちゃんはそうじゃなかった。
「ゆうくんならきっといい方法が思いつきます」
今日のユリカちゃんは珍しくおとなしい。まぁ、結構シリアスな相談したし……彼女にも嫌な過去を思い出させてしまっただろうし。仕方ないか。
「ところでヒナちゃんってすごく人懐っこい感じの子ですね?」
「まぁ、インターンはみんな子供みたいなもんっすけどねぇ。俺に下の兄弟がいないからかもだけど」
ユリカちゃんはにんまりと微笑むと
「子供かぁ……ゆうくんは絶対にいいパパになりますねぇ。ねっ? 子供とケッコンどっちが先がいいですか?」
ぎゅうとそのまま抱きついてきたユリカちゃんは楽しそうに将来の展望を語る。なんでおんなじシャンプー使ってんのにユリカちゃんはこんなにいい匂いがするんだろう。
愛の言葉をつぶやくユリカちゃんの言葉を聞き流しながら俺は明日タートルネックを着ずに済む方法を必死で考えた。
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