第7話 甘えたな間宮さん(1)


「うう……動きにくい」


 腰に巻いたエプロン、一応これはユリカちゃんとペアで購入したものだ。そして、俺にくっついて離れないのはユリカちゃん本体である。


「作れないっすよ〜」


 俺は下味をしっかりつけた鶏胸肉を眺めながら言った。


「いやです」


「ユリカちゃんが火傷したら大変なんで座って待ってるか……もしくはサラダ作り手伝うか」


 俺の提案も虚しく彼女は俺の背中に頬を押し付けるようにして「やだ」と拗ねたような声を出した。普段、結構ぐいぐいな彼女であるがなんだか様子がおかしい。会社で嫌なことでもあったんだろうか。


「ピカタ。食べたくないんですか」


「ぐぬぬ」


 ユリカちゃんはゴクリと喉を鳴らすとすっと俺から離れて可愛く俺をにらみつける。前髪をちょんまげみたいに結んで最近購入したゆるい動物が描かれたTシャツがなんとも可愛らしい。


「サラダ……」


 ユリカちゃんはぬるま湯に浸してあった葉野菜をみながら困惑する。


「あー。そしたら引っ越しの準備。ね?」


「うん……でもピカタ焼いたら今日は全部一緒だもん。お風呂も寝るのも全部一緒。約束ですよ?」


 まるで子供みたいなことを言いながらユリカちゃんはリビングに広げてあった段ボールの方へと向かっていった。やっと解放された俺はピカタを焼きながらバジルソースとトマトソース、それからユリカちゃんの好きな野菜たっぷりのコンソメスープを仕上げていく。


「ゆうくーん!」


 いやいやいや、離れて数分、すぐにくっついてくるユリカちゃん。いくらなんでも甘えん坊すぎませんかね??

 「早くぅ」と文句を言いながら何度か俺を睨むとユリカちゃんはまた離れて段ボールの方へと戻る。


 ——料理が出来上がる前それを何度か繰り返した


***


 炊飯器で作ったエビピラフ、サフランの香りが食欲をそそる。ピカタと野菜たっぷりのスープ、コブサラダで健康的な夕食に仕上げたがやっぱりユリカちゃんの様子がおかしい。

 いつもはダイニングテーブルに向かい合わせに座って食事をとるのだが、今ユリカちゃんはぴったりと俺の隣に座っている。やっぱり何かあったに違いない。いつも可愛い彼女であるがこんなにベッタリされたのは正直初めてだし困惑している。


「ど、どうかしました?」


「へっ?」


 ユリカちゃんは俺の質問に対して不安そうな表情で答える。


「ゆうくんと一緒にご飯が食べたくて……」


 いや、毎晩一緒に食べてますよね??

 明らかに様子がおかしいユリカちゃんだが、俺はこれ以上質問するのが怖かった。それに、これ以上ユリカちゃんを勝手に疑うことをやめたいと思っていた。

 俺は頭の中からあのイケメンくんの残像を消して呼吸を整えた。


「食べましょっか、ユリカちゃん。食べにくいっすよ」


 ぎゅうと結構な力で俺と腕を組んでいた彼女は嫌々俺の腕を解放すると「いただきます」と手を合わせてから夕飯を食べ始めた。

 しっかりと香草で下味をつけた鶏胸肉を卵の衣と一緒にフライパンでふっくらこんがり焼き上げたピカタにたっぷりトマトソースをつけて食べる。トマトソースと言ってもケチャップベースだがとても美味しい。


「何かあったんですか?」


 自分の汚い嫉妬心を勘付かれないように、平然を装って俺は聞いて見る。ユリカちゃんはドギマギした様子で目をそらした。

 やっぱり……なんか変だ。


「ゆうくんに……その、えっと」


 もじもじとしたユリカちゃんは口ごもった。何か言い出しにくいこともでもあるんだろうか。


「け……ケチャップついてます」


 と言いながら俺の口元のソースを拭うとユリカちゃんは大きな目をぱちくりさせて物言いたげな表情で見つめてきた。


 ——妊娠……とか?


 いや、それはないな。

 じゃあ、なんだやっぱ……隠し事してる??


 浮気するとやけにくっついてきたりイチャイチャしたがるってよく聞くし。いや、でもユリカちゃんの場合べったりがデフォだぞ? 

 ユリカちゃんは焦りを誤魔化すように大量のスープを口に含んで飲み込んでいる。なんかハムスターみたいで可愛い。そうじゃなくて、えっとこういう時自分の彼女にどうやって接したらいいんだ……?


「ユリカちゃん?」


「んふっ?」


 口の中のものを飲み込んでユリカちゃんは俺の方を向く。はい、可愛い。


「何か言いたいことがあるんすか?」


 俺の言葉にユリカちゃんは顔を真っ赤にする。何度か目を泳がせて、それからちょっと俯いた。


「す、す」


 ——す???


 まてまてまて……「す」から始まる言いにくいことってなんだ?

 「す」の唇が可愛いなという感情と戦いながら俺は必死に思考を巡らせる。結婚しろとか子供が欲しいとか結構な重い案件をダイレクトアタックしてくるユリカちゃんがいい淀むことって一体なんだろう?


「好き……」


 と言って彼女は、ぽすっと俺の腕の中に頭を寄せた。俺は流れてそっと小さくて華奢な体を抱き寄せて髪を撫でる。ぎこちなさが伝わっていないといいけど。

 やっぱり、ユリカちゃんの様子がおかしい。

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