第2話 部屋探し計画開始(2)


「おぉ!!」


 ユリカちゃんは内見用のスリッパでペタペタと足音を立てている。というのも、不動産屋のお姉さん激おすすめのこの部屋のクオリティがすごい。

 一応、ファミリー不可の同棲可能物件ということで落ち着いた雰囲気を保ちつつも広めの部屋なので今の俺たちにはぴったりってわけだ。

 ちなみに現在の部屋と比べると職場から数駅ほど離れることになる。


「ゆうくん! 綺麗なキッチンですよ!」


 キッチンはシステムキッチンだが木目調にデザインされたカフェ風でシンクも十分に広く、ガスコンロがふた口、IHがひと口。シンクと作業台はアイランド型になっていてスペースが広く食洗機まで内蔵されていた。

 一方で壁に面した作業台とガス台の方はオーブン付きで収納も抜群、こちらもまたカフェ風の木目調デザイン。

 うちにあるいろんな調理器具はもちろんだが、このキッチンに合ういろんな雑貨を集めるだけでも十分に楽しめそうだ。


「こちらは最上階の角部屋ですのでバルコニーとなっていまして……」


 不動産屋のお姉さんはキッチンに夢中になっていた俺に声をかけると先にバルコニーに出てはしゃいでいるユリカちゃんを見て微笑んでいた。

 

「彼女さん、モデルさんか何かですか?」


「えっと、まぁ……」


「こちらの物件はセキュリティも良いですし、駅からも近いですからオススメですよ」


 オートロックに管理人が常時滞在、エレベーターは鍵で動く仕様になっている。まぁ、値段も値段だから当然か。

 最寄りの駅も繁華街ではなく落ち着いた雰囲気だし、休日にカフェ巡りするにもってこいだろう。

 

「4階建ての4階。見晴らしがいいわけではないが隣から覗かれる心配もなさそっすね」


「ゆうくん、キッチンもお風呂も気に入りました?」


 ユリカちゃんは「次いってみましょう!」と可愛く頷いた。俺たちはこの後数件の物件を見て回る予定だ。


***


 休日の内見巡りを終えた俺たちは近くのカフェでハンバーガーをテイクアウトしておうちごはんを決め込んでいた。結構な件数を回ったし、たくさんの情報をインプットしたせいかどっしりと疲れが溜まっていた。


「ユリカちゃん何飲む?」


「梅酢の炭酸割り〜」


 おぉ、渋い。

 たっぷりアボカドの入った分厚いハンバーガーを慎重に皿にのせ、ポテトと付け合わせはフライパンで温め直し、それからデザートのプリンは冷蔵庫へ。

 ユリカちゃんオーダーの梅酢の炭酸割りを作りながら俺は自分のアイスコーヒーも作る。


「そうだ、ゆうくん! せっかくだからチーズソースつけない……?」


 フライパンの上で美味しそうな香りをあげるポテトを見ながらユリカちゃんが言った。破壊的な上目遣いの可愛さはおいておくとして……そうそう、最近海外で流行っているチーズソース。

 SNSでもかなりバズっていて俺のアカウントでもいつかは試したいなと思っていたところだった。そのために業務用スーパーに行っていろんな種類のチーズを買い置きしていたんだった!


「おっ、ナイスアイデアユリカちゃん」


 えへへ、と照れたような笑顔を見せるとユリカちゃんは冷蔵庫からチェダーチーズとピザ用に細かくされたチーズを取り出した。ピザ用のチーズはモッツァレラとゴーダチーズが混ざっているみたいだった。まぁ、これで十分だろう。


「他に用意するものはありますか?」


「生クリームってあったっけ?」


「これ?」


 ユリカちゃんから生クリームのパックを受け取る。温めてとかしたチーズを柔らかくさせる要領で生クリームを少し。塩胡椒で味を整えるだけ。とろりとしたチーズソース(簡易版)である。

 チェダーチーズを多めに入れたから色がよく映えるオレンジ色で香りも良い。ピザ用チーズの中にモッツァレラが入っているからよく伸びるし……まぁ問題はこれをかけることによってカロリーが爆増するってことだ。


「ポテトにかけても美味しいし、海外のインフルエンサーさんはハンバーガーにどろっとかけてたよねぇ〜」


 ユリカちゃんの目がキラキラと光るのがわかる。彼女はこういうカロリー爆弾みたな食べ物がすきなのだ。


「俺は載せないんで、ユリカちゃんどうぞ」


 いろんな画角、フィルターを使ってスマホで写真をとるユリカちゃんは真剣な表情で自身の仕事と向き合っている。

 ユリカちゃんの撮影が終わるまで俺はアイスコーヒーを飲みながら待つ。冷めちゃう気もするがそんな時間も好きなのだ。


「さっ、写真の加工はあとにして〜、いただきます!」


 ——ゆうくんと一緒ならどこでもいいよ


 そんな風にユリカちゃんが言ったのを思い出した。俺としてはもっといい部屋に住んで甲斐性を見せようなんておもっていたけれど、俺もこの人と一緒にいられてこんな風に笑顔を見られるならどこだっていいと思った。


「そうそう、最初に内見した部屋だけど……ファミリー向けじゃなかったじゃない? すごくいいなって思ったけど……長く住むならファミリー向けの方がよかったかなって」


 ——え……? それって、そういうことだよな??


 にっこりと笑ってハンバーガーにかぶりつくユリカちゃん。婚約、婿入り、子供……。頭の中を巡るいろんな考えに俺はアボカドバーガーどころではなくなってしまった。

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