第2話 もちもちスープともちもち間宮さん

 


「覚えてますか? 出会ってすぐの頃2人で朝活したの」


 間宮さんは俺の手を握ったまま歩いている。朝だから彼女はすっぴんだったし、俺も寝癖を直さずに帽子を被っている。朝っぱらから二人で近所の公園まで散歩している。もちろん、ダイエットのためにだ。

 朝活、といえば二人で朝待ち合わせをして間宮さんご用達のカフェに行ったっけ。トーストがうまくて、コーヒーも最高だった。


 あの時から考えると、今こうして彼女と同棲しているなんて……。


「覚えてますよ」


「また行きましょ。ダイエットいい感じになったら」


「そうっすね」


 間宮さんはぎゅっと手を握った。それから、困ったような顔で間宮さんは自分の二の腕を触って「腕立て伏せもしないと」と口を尖らせた。真っ白でもちもちの餅みたいな二の腕、俺は好きだけど……本人は気にしているようだ。

 女性ってのはほんとよくわからない部分で悩むもんなんだなぁ。


「俺はいいと思いますけどねぇ」


「私がいやなんです」


「へいへい、そーっすか」


 間宮さんは俺の態度にむすっとする。可愛いけど、俺あんまりガリガリは好きじゃなかったりする。まぁ、言っても割と間宮さんは頑固なのでここは折れる。


「あら、こんにちは〜」


 間宮さんはぱっと俺の手を離すと前から歩いてきたおばあさんに話しかけた。見たことがないおばあさんだ。知り合いか? 

 おばあさんは小さな柴犬を散歩させていて手には小さなバッグと犬のリードが握られている。


「おはようございます、可愛いわんちゃんですね」


「あら、元気なお嬢さんねぇ。ご夫婦?」


「えへへ〜、嫁入り修行してます」


 あ、やっぱり知り合いじゃないのね。俺はおばあさんに挨拶をする。


「触っても大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。ユキちゃんっていうの」


 間宮さんは優しく犬の下から手の甲に匂いを嗅がせた。ユキちゃんという名前の柴犬はくんくんと間宮さんの手に匂いを嗅ぐと嬉しそうに尻尾をふる。もふもふと撫でられる犬と間宮さん、最強タッグの可愛さである。


「ここの近くに住んでいるの?」


「はい、近くで同棲してて……」


 俺の答えにおばあさんは「まぁ」と可愛い反応をする。旦那さんを亡くして今は一人暮らしを楽しんでいるとか、朝と夕方のお散歩が日課だとかおばあさんの話を間宮さんと二人で聞いた。なんだが朝からほっこりして、俺たちは帰り道なんだかペースがゆっくりになった。


「悠介くんはワンちゃん派ですか? 猫ちゃん派ですか?」


 それは難しい質問である。俺は子供の時、猫を飼っていたことがあるから猫が大好きだ。

 けど、犬を飼うってのは夢だったりもする。さっきの柴犬を見たら特に。あんな風に毎日散歩をしたり芸を覚えさせたり……。ただ、動物を飼うってのは責任が大きく伴うから一人暮らしを始めてからは考えたことがなかった。

 俺はちらりと間宮さんの方を見る。俺の手をしっかりと握って上目遣い。


「えっと、猫も犬も好きです」


 間宮さんはぱっと笑顔になる。


「結婚したら……飼うのもありですねっ」


***


 水を張った鍋に押し麦をザラザラと流し込む。間宮さんは押し麦を見て「鳩さんの餌」とか失礼なことを言ったが、これが優秀なダイエットアイテムなのである。

 この押し麦自体には何の味もついていないのでスープのバリエーションは和風、洋風、中華風、韓国風から甘味まで何でもありだ。


「ユリカちゃん、韓国風キムチスープと中華風かにたまふわとろスープどっちがいいっすか」


 間宮さんは頭を抱えるようにして悩む。俺としては韓国風の方が白菜とささみ肉が入っているからおすすめだが、カニカマとふわふわ卵を入れる中華風もう参っちゃうまい。


「ちなみに、これに入れるのもありよりのありっすよ」


 俺が間宮さんに見せたのはスーパーで発売された「おひとりさま一人鍋パック」である。これは以前、間宮さんがカメグラで紹介して大バズりした間宮さんの先輩のお店「NYOKI・NYOKI」コラボの商品である。


「あっ、にょきにょきの! それにします!」


「了解」


 俺は押し麦を入れた鍋に二人分のパックを入れる。このパックを小さな鍋にぶち込んで水を分量入れたらきのこ鍋が食べられるという商品だが本当に便利だ。

 俺たちは押し麦を入れているからまぁ雑炊みたいなもんか。味は間宮さんの好きなピリ辛キムチ味。

 俺は鍋を煮ている間に今日持っていくお弁当を二人分作る。低カロリーにおさえながらも食べ応えがあるように玄米を使ったりする。

 俺の主婦力高すぎませんか……。


「悠介くん、ゴミ出しとトイレ掃除してくる!」


「あざっす」


 化粧を終えた間宮さんは俺に向かって可愛らしいガッツポーズをすると視界から離れるのが寂しいのか、駆け寄ってきて背伸びすると不意にキスをする。


「すぐに戻ってきます!」


「はいはい」


 俺はグツグツ言っている鍋の火を弱火にして大きめにきった豆腐を追加する。食欲をそそる匂いだ。時計を見てもまだ7時。出勤にはまだまだ時間がある。この後は飯食ってゆったりする時間は余裕であるな。

 間宮さんは早めに出社するんだろうか?


「悠介くん、悠介くん」


「早いっすね」


「寂しかった?」


「えっ?」


 俺は鍋の火を止める。もう頃合いだ。ぐうと俺の腹が音を立てる。朝から水だけ飲んで散歩。そろそろ食べないと具合悪くなりそう。


「そこは寂しかったっていうの〜」


 わがまま間宮さんは俺に抱きつくと駄々をこねる。俺は仕方なく「あー、寂しかったっす」と言う。


「それはそうと、ご飯できたっすよ。食べましょ」


 間宮さんはすんすんと鼻を鳴らすとぱっと笑顔になって「うん!」と答えた。



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