(木内さん視点)前を向くのは何よりも簡単だった

第1話 失恋は忙しさで忘れろ!


 私は失恋をした。まぁ、でも……それは仕方がないと思っている。何年もチャンスがあったのにそれを逃し続けた私と、チャンスをつかんだ人。気にくわないし、その子のことは嫌いだけど……でも、藤城君のことは人として尊敬している。


 もう少し時間が経てば、こうして隣で仕事をしているのも慣れて、この辛い気持ちもなくなるんだろうか。


 取引先とのメールを返信した後、私は別の案件のチェックや営業さんとの新しい案件についてのミーティングを行い、いつも通り忙しく過ごしていた。


「木内さん! ヘルプですぅ」


 切羽詰まった顔で私に駆け寄って来たのはインターンの御笠みかさちゃん。お嬢様大学に通う元気な内定アルバイトである。


「どうしたの?」


「今日の17時にカメグラ投稿してくれる予定だったインフルエンサーが飛んじゃって……」


「それって化粧水の案件だっけ?」


「はい、商品は送ったんですけどお肌に合わなくて赤くなったからやりたくないって。お金もいらないし、商品も返しますってさっき連絡が」


 御笠ちゃんはカメグラのDMを私に見せてくれた。彼女に任せていたのは新作化粧品のカメグラ投稿案件。それぞれのインフルエンサーに支払う額は少額だが人数が多いためインターンの彼女たちに任せていたのだ。

 つまり、少額の案件となればフリーのインフルエンサーにお願いすることも多いためこういう風に「やっぱりやりたくなーい」と飛ばれることもある。


「代わりを探しているんですけど……捕まらなくて」


 御笠ちゃんは泣きそうな顔で言った。

 私はちらりと藤城くんのデスクを見る。彼は午後外出からの会食だからもう社内には戻ってこない。今頃、出先で会議しているはずだから連絡は取れない。

 となればこの場での指揮決定は私がしないとならないのだ。


「化粧品のサンプルって多めにもらってる?」


「はい、ここに」


 御笠ちゃんはダンボールをデスクの上に置くと化粧品のセットを取り出した。日本国内でも有数の化粧品メーカーの新作だ。あぁ、私も欲しい。


「フォロワー数って1万人以上だっけ」


「はい、私の友達はみんなすでに協力してもらっちゃってて……今日の今日なんで新しいインフルエンサーと連絡取るのも難しいと思って……」


「そうだね、トラブルになるくらいなら新規はやめたほうがいいのは正解。でも、事前にクライアントさんに渡していたリストが変わっちゃうから謝らないと。まずは……代理か」


 私は必死に頭を巡らせる。

 フォロワーが多くて、今日飛んだ子よりも代理の子にしてよかったですとクライアントさんが納得してくれる子。


「大丈夫、なんとかなるかも……」


 私は解決策が頭に浮かんだ。多分、私の交友関係じゃ彼女しか頼れる人はいない。それに……もしかしたらクライアントさんに喜んでもらえるかもしれない。


「御笠ちゃん、外出するよ」


「は、はいっ!」


***


 ミシェルは私がアメリカに留学していた時のホストファミリーだった。年齢はまだ20歳で今は日本に留学に来ている。彼女が日本に興味を持ったのは私が教えたアニメがきっかけて……彼女は昔私が目指したような翻訳をするために日本で日本語を勉強しているのだ。

 

「ミシェル、ごめんね」


「いいよ〜、ミコのおねがいだもん」


 アニメで学んだ日本語はなんだか面白いくらいに上手だ。ミシェルはコスプレイヤーとしてカメグラでかなり高い人気を誇っており、フォロワー数は50万くらい。彼女がコスプレしたバーチャルアイドルの写真が日本でもアメリカでも大バズりしたのだ。


「えっ! 資華堂の新作?! 私めっちゃほしかったの〜」


 ミシェルは御笠さんから化粧品を受け取ると「ありがとー」とフランクに抱きついてくる。


「じゃあ、御笠ちゃんはミシェルと撮影を。私は投稿文考えちゃうね」


 ミシェルはコスプレイヤーというだけあって写真の中で自分の見せ方がうまい。何より顔がいい。とにかく顔がいい。ミシェルの自宅に揃った照明道具を使ってとても丁寧に撮影をしてくれていた。

 その間に私は投稿文を考える。クライアントから指定されたおすすめポイントをうまく入れながらミシェルらしい文章にして、それから自然に見えるような文章を織り交ぜる。


「あっ、ミコ! そうそう、私のカメグラアメリカ人も見てるから同じ内容を英語でも書いて〜」


「うん、後でチェックして」


「なんか、ミコがホームステイしてたときみたいだねぇ」


 私が留学していた時、私の英語を年下のミシェルがよく直してくれていた。私がミシェルに日本の漫画を通訳しながら一緒に読んだのをよく覚えている。すごく楽しくて、私の人生で一番の思い出だった。


「そういうことですね! これならクライアントさんも喜んでくれるかも!」


 御笠ちゃんは全容を把握したのかにっこりと微笑んだ。私はクライアントに「予定していたインフルエンサーのスケジュールが合わなくなってしまい、代理を用意しました。日本だけでなくアメリカにも貴社の製品のよさを〜」とまぁ許してもらえるように一味加えてみようと思うのだ。


「そ。転んでもただでは起きない。謝るなら相手を喜ばせる手土産を持って的なね?」


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