第2話 イベントがえり

 俺は間宮さんに呼び出されて都内の大きな会場の前で彼女を待っていた。というのも間宮さんは就職合同説明会に会社広報・採用広報として参加していたのだ。一緒に文章を考えたり、間宮さんのスーツを選んだりしたが、大丈夫だっただろうか。

 いくら俺が中間管理職になったとは言え、こういう表舞台には呼ばれない。やっぱり見栄えが悪いからか。

 と悲しい気持ちになりながら俺はスマホを見る。


【(間宮)もう少しです! もしあれなら喫煙所でお待ちください】


 だそうだ。俺は館内の表示に従って喫煙所へ向かう。すれ違うスーツの大学生たちは緊張から解かれたのか、それともこれから友達たちと飲めるのが嬉しいのか浮かれた様子だった。

 俺は大学時代、もう諦めきっていたよな……。大手には行けないだろうし、就活のほとんどが実力なんかじゃなく見た目とコネだってのは十分にわかったからだ。


「おっ、藤城くんじゃないか」


「三島部長」


「どうしたんだい? あぁ、間宮さんのお迎えか」


 三島部長は喫煙室の中に俺をひきいれると小声で言った。開発部の部長である三島部長は合同説明会の機材関係で召集されたんだろう。奥さんも子供もいるのに休日出勤である。


「新しい部署も順調みたいでいいねぇ。こっちも新人君とインターンの教育でてんやわんやさ」


 三島部長はいつものタバコをふかす。俺もタバコに火をつける。


「うちもですよ。インターンの子たちはやっぱり元気っすねぇ。それに、新しい仕事なんでなれなくて……三島部長の部下やってる頃が恋しいです」


 俺の話を聞くと三島部長は苦笑いをする。藤城君の優秀さが身に染みたよと冗談を言ってくれる。嬉しいなぁ。


「でも、少なからず君はもっといろんなことに触れるべきだと思ってる。海外なんかも視野に入れてさ。まぁ……いやになったらまた開発部に戻ってくればいいさ。いつだって席はあるんだよ」


 三島部長はそんな風にいうと「妻と子供になんか買わなきゃなぁ、おすすめある?」と俺に聞いた。


「ここら辺はスイーツ激戦区なんでスイーツがおすすめっすよ」


 タバコを口でくわえたまま俺はスマホを取り出して検索する。おすすめっぽいのをコピーして三島部長のチャットに送信した。


「持って帰るのを考えたらドーナツですかね? 焼きドーナツです。健康志向のドーナツでアメリカから上陸した人気店舗です。っても一年くらい前なんでそんなに混んでないし、おすすめです。あっ、豆乳ドーナツはマジでうまいっす」


 三島部長とスイーツの話で盛り上がるのも、本社の喫煙室に2人で行ったぶりだからかなり前だなぁ。今俺が働いているサテライトオフィスではタバコを吸う人がいないからちょっと寂しい。


「三島部長、これも……」


「おや、藤城君、お迎えが来たようだよ」


 三島部長は俺越しに笑顔で会釈をした。そして話も途中なのに「可愛い彼女を大事にするんだよ」とタバコを消すと喫煙室を出て行った。

 俺は三島部長に挨拶をして振り返る。

 そこには珍しくスーツ姿の間宮さんがにっこりと微笑んで手を振っていた。


***


「三島部長と何話してたんですかぁ?」


「ここら辺のスイーツの話っすよ。ほら、奥さんと子供さんに買っていきたい〜って」


「へぇ、何かあるんですか?」


「俺がおすすめしたのは焼きドーナツですね。プリン専門店も紹介するつもりでした」


 間宮さんはどっちかいきますか? と俺に聞いたが俺は「いいえ」と答える。不機嫌になる間宮さん。

 

「え〜せっかく迎えに来てくれたんだからデートしたいです」


「間宮さんを連れてく場所は決まってます」


 俺は足を進める。駅を目前に右手に曲がって路地に入る。大学時代、友人とよく来た店だ。見た目は一見おしゃれなバーのように見えるがここは蕎麦屋である。手打ちの田舎蕎麦は太くて食べ応えがあり、そば粉の香りが芳醇である。


「おそば……ですか?」


「ここの激辛蕎麦を間宮さんにおすすめしたくって!」


 間宮さんはスイーツの時よりも目を輝かせて笑顔になると俺の腕に絡みつくように腕を組んだ。

 ちなみに俺は普通の蕎麦を食べます。


 間宮さんが注文したのは暖かい激辛蕎麦。激辛と言っても辛いのはスープである。特製の唐辛子をふんだんに使った和風だしのスープはすする度に口内と喉を刺激する。大学時代に激辛蕎麦を食べてすすった俺は半日喉が死んだ。


「悠介くんのいくじなし〜」


 と間宮さんは蕎麦を食べながら言う。あなたが化け物なんですよ。

 俺が注文したのは普通の鴨南蛮。鴨出汁がよく出たスープと柔らかい鴨肉、田舎蕎麦に相性抜群の濃い味は日々の疲れを癒してくれる。


「辛くないんすか?」


「辛いけど美味しいです」


「ところでイベントはどうでした?」


 間宮さんは水を少し飲むと赤くなった唇をお手拭きで吹く。彼女の額に少し汗がにじんでいた。

 

「かなりよかったと思います。採用広報としては後のエントリーシートがどのくらいくるかっていうのが評価に繋がるかなって。でも、会社のいいところをたくさん紹介できたと思います。原川さんのおかげでもあります」


「原川さんもいたんすか?」


 原川さんといえばそういうイベント事だけじゃなく社内の行事だってほとんど出てくれない人だぞ。忙しいのもあるが「お局の私が若い子の場を奪いたくない」とかなんとか言ってするりと逃げてしまう。

 なのに、原川さんが???


「はい。採用広報をしていると結構原川さんについての問い合わせが多かったんです。デザイナー志望の学生たちが話を聞きたいって。ほら、原川さんはフリーでも大きな仕事をして名前が知られているからです」


 あぁ、確かに。

 そういわれればそうか。


「だからお願いして登壇してもらっちゃいました」


 間宮さんおそるべし。ずるずると激辛蕎麦をすするわ、あの原川さんを表舞台に引っ張り出すわ……。さすがです。


「悠介くん、スイーツも買って帰りましょう? 駅前のマカロン専門店のっ」


「はいはい」


「あっ、今めんどうって思ったでしょ」


「おもってないっすよ〜」


「むぅ」


 俺は心に強く「車の免許とって間宮さんを連れ回してやろう」と思った。

 

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