第3話 キャンプ場のよる


「リンゴと栗のスイーツ美味しかったぁ」


 夕食の後片付けを終えて、テントへ戻ってきた俺たちはゆったりした時間を過ごしていた。山の夜は少し肌寒い。間宮さんも上着を羽織って足を抱えるようにして椅子に座っていた。

 俺は頃合いかな? と思いつつお湯を沸かす。さっき洗ったばかりのマグカップを準備する。バッグの中から取り出したココアの粉をざっと入れて、暖かくなったお湯を入れた。


「ココア!」


 間宮さんは嬉しそうに近寄ってくると俺がマグカップを渡してくれるのを待つ。でも、俺はマグカップを渡す前にバッグの中から袋を取り出した。


「??」


「マシュマロです」


 キャンプといえば焼きマシュマロ! 定番だ。

 今回は串に刺して炙って食べるんじゃなく、甘さ控えめのココアの上にとろりと溶けた焼きマシュマロを浮かべて飲む。これが最高にうまい。


 マシュマロがじゅっと音を立てて煙をあげる。火から放して炙っていてもすぐにマシュマロはきつね色になっていく。甘いマシュマロの香りが広がって俺も間宮さんも自然と笑顔になった。

 とろとろと溶ける寸前になって俺はココアの上にマシュマロを浮かべる。


「いただきます」


 間宮さんは口をつけて「あっ、ビターココア好みです」と微笑むと、ふぅと息を吐いた。少し白くなった息、そうだ。そろそろ……。


「ユリカさん、空みてください」


 空を見上げた間宮さんは「わぁぁ」と大きな声を出す。


「きれい!!」


 この場所は俺のお気に入りスポットだ。両親がこのキャンプ場を経営し始めた時、大学生してて暇だった俺はよくキャンプしにきていた。この場所はなぜか木々が少なくて空がダイレクトに見える。とんでもない田舎の山の中だし、周りは山か草原だから光もほとんどない。


 ——だから星が見える


「やっぱすげぇ」


 満点の星空とはまさに今俺と間宮さんがみているもののことを言うんじゃなかろうか。もはや空の部分の方が少ないくらいで、眩しい。星って黄色だけじゃなくいろんな色があって……すごく綺麗だ。


「いいこと思いつきました!」


 間宮さんの「いいこと思いついた」は嫌な予感しかしない。俺は夜空を見るのをやめて間宮さんの方に向き直る。焚き火の淡い光でいつもよりももっと綺麗に見えた。

 ただ、綺麗に見える間宮さんの表情はこう……なんかギラギラした感じのやばいこと言い出しそうな顔だ。

 大丈夫、落ち着け藤城悠介。ここは俺たち以外誰もいない。間宮さんが変なこと言っても大丈夫だ。


「私たちが結婚して、実家に帰省するってなったら毎回こうやってキャンプを楽しめますね! いつか子供ができたら……もっと楽しいかも!」


 飲み終わったココアを置くと、間宮さんが甘えるように抱きついてくる。ちょっと寒いからか俺も心地がいい。ただ、折りたたみの椅子なんで壊れそうです。

 椅子がギィと音を立てても間宮さんはくっつくのをやめない。このままだとドスンと椅子が潰れて俺の尻が死亡する。


「こっち、向いて?」


 甘い声、スイッチが入った時だ。俺は椅子の心配をしてよそ見していた顔をゆっくり彼女の方に向ける。

 向き合った俺を捕まえるみたいに唇が合わさって、とろけるように甘い味が広がる。

 

***


「なーんでーですかぁ!」


 俺が足を突っ込んだ寝袋に私も入ると言って聞かない間宮さんは寝袋に足を突っ込んでいる。どう考えてもこれじゃあチャックが閉まらないし……。


「いや、えっと寝袋はそれぞれっすね」


「いやです! いつもおんなじお布団なのに寝袋は別々なんて〜! 入れますもん!」


 いや入れません! 物理的にむりです!

 

「ほら、早く寝ましょう」


「むぅ……」


 俺に引き剥がされた間宮さんはふてくされながら寝袋に足を突っ込んだ。俺もやっと彼女から解放されて寝袋のチャックを閉める。芋虫状態になってマットの上に寝転ぶと俺は電気ランタンの明かりを最小にした。


「お手洗いの時はおこしてくださいよ、危ないんで」


「もっとこっちきてください」


 俺の話なんかまるで無視で、間宮さんがずずっと近寄ってくる。ぽふっと柔らかそうな音とともに感じる重み。


「ぐえっ」


 思わず変な声が漏れた俺をみて間宮さんは笑った。俺のちょうどみぞおちあたりを枕にして寝ようとする間宮さん。もちろん顔はこっちを向いている。

 やめて、息できなくなるから!


「わ、わかったんで……これで許してください」


 俺は一度起き上がって間宮さんをどかすと寝袋から腕を出す。間宮さんにも同じようにしてもらう。


「ゆるします」


 間宮さんと手を繋いだ状態で俺は寝転んだ。ドキドキして寝られない……「スゥスゥ」間宮さんば秒速で寝息を立てる。

 ぎゅっと手は握ったままだが彼女は完全に寝落ちていた。そりゃそうか、両親に挨拶して山登ってキャンプして。


「おやすみなさい」


 俺は小さな声で彼女に挨拶し、目を閉じた。

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