番外編

 2人でキャンプ 

第1話 俺の実家と間宮さん

 

 俺と間宮さんは半ば無理やり同棲を始めて1週間が過ぎようとしていた。それなりに恋人らしい関係を築いていたが……俺たちは「結婚へむけた同棲」なのでやらねばならないことがある。


 ——両家への挨拶である


「うちの母は……その。数年前に亡くなっていて。父には新しい家庭がありますし……えっとそうですね。だから、大丈夫です」


 出鼻をくじかれてしまった。そっか、間宮さんは結構複雑な家庭事情だとは思っていたがそんなことがあったとは。


「やっぱり、いや……ですか?」


「そんなこと言うわけないじゃないっすか」


 間宮さんは安心したように俺に寄りかかる。俺の肩にぽんと頭を置いて膝の上にある俺の手をぎゅっと握った。いつもより少し力がこもっている。俺に話すのに勇気が必要だったんだろう。


「うちの実家……田舎なんすけど大丈夫?」


「えっ、でも東京の高校出身って言ってませんでした?」


 間宮さんは俺を覗き込む。可愛い。


「あぁ、俺が大学入学までは都内にマンション借りてたんですけど、両親は年齢が結構いってるんで俺の独り立ちを機に田舎に移住したんすよ」


 そう。うちの母親がキャリアウーマンで仕事の地位が確立するまではと子供を作るのが少し遅かった。俺が20になる頃には2人は65くらいだったか。

 セカンドライフと言わんばかり、母親の退職金で田舎の山を1つ買った。


「山……ですか?」


「はい、キャンプ場を経営してます。親父が小さな食堂をやってて。お袋はキャンプ場の経営の方を中心に従業員やとったりしてうまいこと回してますよ。ちなみに、このHP作ったのは俺ですね」


 間宮さんが目を輝かせる。「藤城キャンプ場」美しい景観と整備された野山、広々と広がる草原。水場も綺麗に整備され駐車場も完備。バンガローもいくつかあって虫が苦手でもアウトドアを楽しめる。

 ちなみに親父が営む藤城食堂の幻カレーは知る人ぞ知る絶品である。


「2人には土日に行くって連絡したんで……行きましょう」


「お泊まりですかっ?!」


「あっ、まさか他人である俺の親と一緒になんて言わないっすよ。実家に帰るついでに2人でキャンプ。しませんか」


 せっかく恋人になって、間宮さんとは体の関係も持つようになった。俺だっていつも彼女に幸せをもらっているばかりじゃダメだ。少しくらい彼女を楽しませないと。


「キャンプ用品は大体実家の店にあるんで大丈夫ですけど……汚れてもいい洋服とかってあります?」


 間宮さんは首を横に振った。そういえばこの人、荷物めっちゃ少なかったんだわ。オフィスカジュアルとか可愛い感じのカッコは無理だしなぁ。


「悠介さん、選んでくれません? あっ、デートしましょうよ! ねっ? いいでしょ?」


 間宮さんは胸を押し付けるように俺の腕を抱きしめて揺さぶった。間宮さんはそのまま上目遣いで俺を見つめてくる。次第に顔が近づいて……。


「誘ってます?」


「誘ってます」


 間宮さんは妖艶に微笑む。俺は「明日デートって言わなかったかぁ……?」なんて思いながらどうやって今晩手加減するかを必死で考えた。


***


「わあ! かわいい!」


 アウトドア用品を取り揃えているお店に来た俺たちは間宮さんのキャンプグッズをかなり真剣に選んでいた。

 個人的に「森ガール」なんて言われていた女の子の格好は死ぬほど好みなので俺得である。間宮さんはカーキのハーフパンツにおしゃれな花柄のレギンス、ブルゾンは性能バッチリの薄め防寒タイプ。ピンク色だ。


「そうだ! 帽子はお揃いにしない? ほらフリーサイズ」


 間宮さんは帽子をかぶって見せたが、間宮さんの顔が小さすぎて鼻あたりまで帽子で隠れてしまう。ちなみに俺はぴったりである(悔しい)

 俺は間宮さんの帽子を脱がせてあげると、同じ柄の女性用を手に取った。間宮さんは嬉しそうに「かぶせて」と頭を向けてくる。

 いやいや、ヘアセット崩さないようにかぶせるの至難の技なんすよ?


 ——ぽすっ


「あれ? これもおっきいっすね」


「なんとっ……」


「じゃあ、子供用?」


 俺は近くにあったキッズ用を手に取って間宮さんにかぶせてみる。うん、ぴったり。


「ぴったりっすね」


「わあ、これにしよう! お揃いですっ」


 えへへ〜となぜか自慢げに笑った間宮さんは俺の手を握って店の中を引っ張り回す。結局、靴下もシューズもペアルックを買って新人カップルみたいな小っ恥ずかしさだった。


「あっ、そうだ。駅までおさんぽしよう」


 間宮さんは俺の手を握ってぶんぶんと振った。キャンプに向けてのお話をするんだ! とか、ご両親に買っていく手土産を仕事帰りのデパートで選ぼうとか俺たちはそれっぽい会話をする。


「そうだ、今度、ユリカさんのお母さんのお墓に手を合わせてもいいっすか?」


「へっ?」


 さっきまで元気だった間宮さんが少し困惑した表情になる。どうしたんだろう。元気がなくなるのがわかった。


「いいんですか……?」


「本当はちゃんとお話したかったっす。でも、男としてしっかり挨拶だけはさせてください。大事な娘さんと一緒に暮らしてるんすから」


 間宮さんは一瞬だけ涙ぐんで、ずずっと鼻水をすすると俺に飛びつくようにして抱きついた。そのまま何度か唇を押し付けてきてぎゅうと抱きしめられた。

 俺は最初状況が飲み込めなかったがここ……道端ですよぉぉぉぉ!!!


「ユリカさーーーん!! たんまっ! たんまっ!」


 

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