最終話 間宮さんと俺
昨日ちょっとした話し合いをしたにも関わらず、俺は訪問の帰りにジュエリーショップへと足を運んでいた。なんてあまちゃんなんだ、俺は。
「サイズはこちらでよろしいでしょうか。」
エンゲージリング。80万
多分、間宮さんには安すぎるんだろうけど仕方がない。そこは許してもらうしかないだろう。
俺はクレジットカードで分割払いにしてもらいサインをする。店員のお姉さんはしばらく店の奥へと姿を消すと大事そうに小さな箱を手のひらに乗せて戻ってきた。
「こちらでお間違いないでしょうか」
「あ、はい」
俺は人生で一番高い買い物を結構な早さで済ませると誰にも勘付かれないようにバッグの奥にしまい込んだ。タイミングなぁ……。告白も初めて寝た時も、なんならキスですら間宮さんにリードされていて情けないったらありゃしなかったんだ。
プロポーズくらい。流石にな。
プロポーズといっても、この指輪は間宮さんを安心させるためのものだった。指輪を渡したからすぐに結婚をするんじゃなくて、あくまでも婚約である。俺の方はシンプルな指輪だが、お互いに左手の薬指に指輪をつける。
それだけで、他の異性に対して、牽制にはなるだろうし……法的にも「婚約状態」ならある程度の拘束力はある。
それを説明すれば間宮さんも納得してくれるだろう。
——俺、断られるって思わなくなったの……ほんと成長したな
「戻りました」
「ぶちょー、お帰りなさい。えっと、ご報告がいくつか。それと……」
インターンの子が木内さんと目配せをする。木内さんが急に立ち上がると、ふぅと短く息を吐き大きめな声でいった。
「アメリカの大手カメグラマーの事務所と業務提携とれました!」
拍手がサテライトオフィス内に響く。木内さんと1 on 1 をした時に彼女から聞き出した「翻訳者」の夢。俺はもしもまだ諦めてないなら自分の夢に繋がる企画を考えてみれば? と提案したのだ。
俺らの仕事は営業が持ってきた広告案件をカメグラマーに広告してもらうこと。端的に言えば木内さんには【海外に日本製品を売り出したい】という企業のニーズを実現する。それを海外のインフルエンサーにお願いし、仲介する。
もちろん、専門用語を的確に伝えるだけじゃなくかなりの英語力が必要になる。そこを木内さんに任せるのだ。
でも、俺たちがやるのは「翻訳」じゃないんだからちょっとずつ勉強しながらでいいのだ。トライアンドエラーの精神で。ベンチャーなんだし。
木内さんにはそうやって海外との仕事にうちで触れていき彼女が目指すキャリアを探していったらどうかと伝えた。木内さんは快く承諾してくれて、なんと彼女の企画は一発で社長まで通った、すげぇ。
「契約書巻くのに結構手こずったんですがなんとか。インターンのみんなにアメリカのインフルエンサーリストアップしてもらったり……これでアメリカでも展開できますよ!」
木内さんがガッツポーズをする。
「で、部長。つきましては、取引先の本社にご挨拶に伺うので海外出張の稟議あげたのでお願いします」
木内さんと彼女のアシスタントをしているインターン、それから営業の子がキャイキャイと騒ぐ。会社の金で海外行けるんだもんなぁ……いいよなぁ。
***
少し遅くなってしまった。案件がごたついたせいでいつもよりも遅い帰り時間。間宮さんは起きて待っていてくれるとメッセージが来たが、もう寝てしまっているだろうか。
指輪を渡して、婚約してくださいと言わないと。俺が寝てる間にバッグを間宮さんが勝手に整理してポロリとかそんなん絶対嫌だし。
絶対、ちゃんと男らしく俺が伝えるんだ。
オートロックを開けて俺は部屋へと急ぐ。ドア横の窓から漏れている明かりに少し安心しながらドアの鍵を開ける。
「ただいま」
間宮さんがいつもなら迎えに来てくれるのに今日は来ない。寝ているのか……な? もう24時。そりゃそうか。
俺はリビングへと向かう。間宮さんの後ろ姿が見えた。
「ユリカちゃん?」
「あっ、悠介君。お話があって……その待ってました」
「へ?」
あまりに突然のことで俺は言葉を失う。間宮さんは泣きはらした目で俺を見ながら言った。
「昨日、悠介君に言われた通り、私……無理やり悠介君に同棲迫って……もっとちゃんと距離を持って恋人として時間を過ごした方がいいって思いました。悠介君に昨日怒られて……自分がいかに自分勝手かわかりました。だから、私たち恋人からやりなおしませんか?」
俺は思わずバッグをぼとりと床に落とした。
間宮さんはきっと、たくさん考えてくれたんだ。確かに死ぬほど強引で死ぬほど身勝手で、可愛さだけを武器に俺をごり押ししてた間宮さん。
俺は彼女に寄り添うために彼女に意見した。それは今でも間違ってないと思う。
ただ、俺は彼女が出した答えを受け入れることはできなかった。
「ユリカちゃん、俺もお話があります」
俺はバッグを拾うと、間宮さんのとなりに座る。
「たくさん、考えてくれて……まずはありがとう。結論をいうと同棲は解消しません。嫌です。ここにいてください」
俺の言葉を聞いて間宮さんは涙を拭うとじっと見つめてくる。そのせいで俺は緊張して手が震えだす。やばい、何かかっこいいセリフ言おうとしてたのに。
このままじゃすっぽ抜けちまう。
「俺も考えたんす。ユリカちゃんを不安にさせないでゆっくり2人で結婚までの時間をどうやって過ごしたらいいか。で、俺はこうします」
バッグの奥にあった小さな四角い箱を取り出して、開いて彼女の方を向ける。
「俺と結婚を前提に……付き合って……いや付き合ってるんで、同棲してください。ってもう同棲してますね」
結局かっこよく言えるわけもなく、俺は後頭部を掻いた。間宮さんは俺を押し倒さんばかりに抱きつくと泣き出してしまった。
——これは……どっち??
「えーん! 悠介君のばかぁ!!」
?!?!
「いやっ、その! 婚約すれば一応ユリカちゃんの希望通り法的に拘束できますし、それに2人で左手の薬指に指輪すれば牽制にもなると思ったんです!」
顔に押し付けられる唇をかわしながら俺は必死で説明する。間宮さんはやっと冷静になり始めて状況を掴んだのか俺が渡した指輪をまじまじと眺めた。
間宮さんに渡したのはキラキラのダイヤが散りばめられた指輪。まだバッグの奥に押し込めてある俺のは普通のシルバーリング。
「さ、手を出してくださいよ、そっちじゃない。はい、そっちです。いや、手の甲を上にしてもらえます?」
間宮さんの左手を優しく掴むと俺は細くて白い指に美しい指輪をはめた。間宮さんが感動している間に俺は自分のを自分の左手の薬指にはめる。
「綺麗……」
間宮さんは指輪に見とれるようにトロンとした表情になった。
「気に入ってもらえてよかったっす」
間宮さんは「ありがとう!」でも「うれしい!」でもなく俺をじっと見つめ……
「この指輪……おいくら万円ですか」
と禁断の質問。俺は給料の3ヶ月分くらいっすね。とはぐらかして答える。すると、間宮さんはスゥッと血の気が引いたような表情で
「半分!払います! 婚約したら平等です!」
と言い出した。
「いやいや! これは俺にカッコつけさせてくださいよ! ってか普通男が勝手送るもんでしょ!」
「今はそんな時代じゃありません! せめて! 悠介君の指輪の分だけでも私が!」
間宮さんと払う払わないの攻防をしながら俺は笑いが止まらなくなった。おかしすぎるでしょ。 婚約指輪の半額払わせろなんていう女の子。
爆笑する俺を見て間宮さんをつられて笑う。「頑固ですねっ」とふくれっ面したり、指輪を見て嬉し泣きしたり。
——俺はこの人が大好きだ
この一年間。俺は間宮さんとジェットコースターみたいな恋愛をした。ほとんど彼女主導の強引なものだった。
だから俺は俺の気持ちがずっと分からなかった。
でもやっと、わかった。俺は彼女が美人で可愛いから好きなんじゃない。
俺はこのちょっと変……いやかなり偏屈で、それでいてまっすぐでいつも俺を笑顔にしてくれる間宮ユリカが大好きだ。
「間宮ユリカさん、愛してます」
俺の言葉に彼女は「半分払う論」を主張するのをやめて飛びついてくる。俺はそんな彼女を全力で受け止めてそっと抱きしめた。
おわり(番外編につづく)
———あとがき———
ここまでお読みいただきありがとうございました!
毎日複数更新の連載について来てくださった皆様、一気読みしたよ! という皆様。本当にありがとうございます。
「お願い!教えて?〜社内の超美人広報が陰キャな俺のデスクになぜか居座る件〜」の本編はこれにて終了となります。
と、言いながらも今後は他のキャラクターに焦点を当てたお話や本編から泣く泣くカットしたイチャラブ話などを番外編として更新します。
番外編の終了は1月31日を予定しており、よろしければまだまだ追いかけていただけると幸いです。
少しでも本作が面白いなと思ったら応援コメント、おすすめレビュー、ブックマークなど、作者を応援していただけると励みになります!
重ね重ねになりますがご愛読いただき誠にありがとうございました!次ページに続く番外編もお楽しみください!
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