第60話 信頼して欲しいんですっ!
ドンと俺の目の前に置かれたのは「結婚情報誌」と呼ばれる分厚い雑誌だった。付録はなんだがピンクっぽい婚姻届。これガチで提出する人いるんですか?
俺の前でドヤ顔をする間宮さんは「指輪のサイズは〜」と超積極的に教えてくる。
「ほそっ」
「エンゲージリング欲しいです」
うん、なんてムードがないんだこの人は。初めて一緒に寝た日もそうだったなぁ……。最近は間宮さんが毎日……だから俺が断る方が多い。体がもちません。
にしても、なんで間宮さんはそんなに結婚を焦っているんだろう? まだ俺たちは二十代半ばだし、お互いに仕事も軌道に乗ってきたいいところだ。
「ユリカちゃん、エンゲージリングはいつでも選びに行けますけど……どうしてそんなに急ぐんですか?」
間宮さんは少しだけ悲しそうに眉を下げると「嫌ですか?」と言った。嫌じゃないと今までの俺なら答えていたが、多分……それが続くと俺たちはすれ違ってうまくいかなくなってしまう。
いくら間宮さんが可愛いからと言って、俺が全部全部疑問や不安を飲み込んでいくのはやっぱり夫婦になりたいと願う2人であれば違うと思った。
「嫌じゃないですけど、単純に疑問で。あまりにも早すぎないかって……その妊娠してるわけでもないし、俺たちまだ若いし」
間宮さんは目を泳がせる。
その分俺も不安になる。
「えっと……その」
俺は間宮さんペースを待つ。間宮さんはラグの上に座ると決心したように一度頷いて俺の方をまっすぐに見た。
「悠介君は……すごく押しに弱いから、だから木内さんに取られちゃうような気がして」
「木内さんの気持ちには答えられないってお返事しましたし、それに今はただのチームメイトです。みんなで食事することはあるけど……ちゃんとユリカちゃんにも伝えてるよね?」
間宮さんはうわっと泣き出すと誤魔化すように俺に抱きついた。どうしてだろう? 間宮さんは俺の話が信じられないんだろうか?
「俺が信頼できませんか……?」
「だって、悠介君優しいから……、その木内さんだけじゃなくて他の若い子にもなびいちゃうんじゃないかって、思ってその……」
うーん。それが理由ならたとえ結婚して法的に拘束されたとしても変わらなくないっすか? やっぱり俺、信頼度低めなんだなぁ……。
そんな風に思って俺は少し悲しくなった。間宮さんは結構束縛がすごい。例えば、ランチに行くにしても証拠写真を送れと言われているし飲み会なんてもってのほかである。
俺は一応部長だから部のやつらを飲みにつれてってストレス発散させたり、取引先との会食だって出来るだけ顔を出しておいた方がいい。
でも、忙しいとかこつけてほとんどの木内さんと新しく雇った営業の子にお願いしている状態だった。
俺はちらりと俺に抱きついている間宮さんを見る。
えぐっ、えぐっとしゃくりあげながら泣く彼女はとてもじゃないが冷静に話し合いができる状態じゃないだろう。
こういう時、どうすればいいんだろう?
「私は、すごく心配なんです。悠介君が取られちゃったら、やなんです!」
「誰も俺を落とそうなんて思ってませんよ、思ってたとしても俺は断りますし」
「でも、木内さんはきっとまだ悠介君が好きです」
「そんなこと言ったら本社にいる男たちほとんどユリカちゃんのこと狙ってるけど、俺はユリカちゃんを信用してるから束縛なんてしないし、ランチだって飲み会だって行かせてる。広報はコミュ力が重要だから、そういう仕事だってわかってるからです」
俺がこうやって彼女に反論したのは多分初めてだ。
やっぱり、夫婦になるんだったら対等でありたいから。間宮さんが泣いたりあざとくおねだりしても譲ってはいけない部分があると思う。
間宮さんは俺に反論されてポカンと口を開けていた。よかった。怖がらせてしまったわけではなさそうだった。
ちなみに家事は100%俺。たまに洗い物とゴミ出しじゃんけんするくらいか。
「私、怖いんです。同棲して私の嫌な部分が見えちゃって……悠介くんがやっぱり結婚はできないなって思われちゃうの」
いつもより低い声。間宮さんがガチになった時のトーンである。
「それもお互い様じゃないかな……」
俺の声に間宮さんは「そうだけど……」と言いかけて口をつぐんだ。
「俺をもう少し信用して欲しいんです」
間宮さんは上目遣いで俺を見つめていた。俺たちは今日初めて衝突をした。多分、今まで間宮さんの言い分を聞きすぎていたせいで間宮さんはびっくりしたかもしれない。
でも俺の中ではちょっとだけ、彼女という存在に近づけたような気がした。
「悠介君……ぎゅうしてください」
「してますよ」
「もっとです」
「はいはい——」
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