第59話 間宮さんはがんばりたい!
スマホのアラームが鳴る前に起きるのはいつぶりだろうか。俺の鼻腔をかすめた焦げの匂いが俺の脳みそを叩き起こしたのだ。
火事かと思って飛び起きた俺は横に間宮さんがいないのを確認する。散らばった自分の服を集めて着るとキッチンの方を見る。腰が死ぬほど痛い。
煙は出てないな……?
「あっ、おはようございます」
すっぴんの間宮さんは俺のスウェットを着た上にエプロンをつけて絶賛料理中。焦げ臭いのはグリルのようだ。
「間宮さん、グリルの中……」
「あぁぁぁぁ!!!!!!」
「危ないんで、俺が」
換気扇を回した後、俺はグリルを開ける。もくもくと黒い煙、中には炭になったシャケ。泣きそうな顔の間宮さんは「ごめんなさい」と叱られた子犬のような顔で言った。
「やっぱり、悠介くんがお嫁さんやってくださいぃ」
「いえ、嬉しかったです。先に起きて料理しててもらえるなんて夢でしたから」
間宮さんはパッと笑顔になると俺にエプロンを着せてくれる。近い……でも昨夜はもっと近かったんだよな……。
「間宮さんは今日どうしますか?」
間宮さんは呑気にコーヒーを淹れるとダイニングテーブルに座ってキッチンの中の俺を眺める。可愛い。でも、お嫁さんは俺なんだよなぁ……。いっか、俺は次男だし。あ、お婿さんか。
「引越しの手続きします。荷物だけ……」
「兄貴に連絡して車ださせますか。今日は一緒に荷造りっすね。急遽すぎるんで管理会社には怒られるかもっすけど……俺も一緒に行きます」
シャケが焦げたから今日はどうしようか。納豆買ったよな。うーん。
俺は冷凍庫から鳥のひき肉を取り出して、電子レンジにぶち込んで解凍する。その間に納豆を刻んで……納豆そぼろ丼とワカメの味噌汁だな。温泉卵作るか。
「ユリカさん、ユリカさんが持ってくるものは一旦空き部屋にいれておくとして、他に必要なものとかってあります?」
「リストアップしておきます!」
既成事実ができてしまった以上、俺は責任を取る必要がある。半分強引だったが後半は……。ダメダメ、考えるのやめよう。
間宮さんはまだ結婚を思いとどまってくれているし、ゆっくり同棲生活をしてみればいいや。
俺は間宮さんをちらりと見る。
——俺の彼女最高に可愛いなぁ
***
兄貴のバンを借りて、というか兄貴に運転までしてもらって間宮さんの荷物は俺の部屋に運び込まれた。そもそも間宮さんは物が少ないので楽だったし、なんなら俺の部屋にスッキリ収まった。
ベッドやテーブルなんかの大物は備え付け家具だったのも本当に良かったと思う。
「見てくださいっ、悠介さん。歯ブラシが2つですよ」
間宮さんは洗面所を指差すとにっこりと嬉しそうに微笑んだ。俺の歯ブラシの隣にもう一本。可愛いうさぎの柄が入った歯ブラシ。
独立洗面台には間宮さんの化粧水や洗顔料、メイク落としやシェーバーなどが並び以前よりも華やかで。
「さ、荷物整理して必要なものを買いにいきましょうか」
「はいっ」
間宮さんは可愛らしく返事をするとリビングの方へと向かって行った。初めての彼女があんなに可愛くて、多分俺にすごく好意を持ってくれていて。
俺、早死にするんじゃないか……? いや、フラグ立てるのはやめとこう。
間宮さんと荷ほどきやら模様替えやら買い物やらを終えていたら日が暮れていて、俺も間宮さんもクタクタだった。俺は死ぬほど腰が痛いけど彼女は平気なんだろうか?
と考えるたびに昨夜のことを思い出して俺は顔に血がのぼるのがわかった。やばいやばい。
「悠介くん、夕食どうする……?」
俺は「どうしましょう」と返事をしかけて少しの違和感に気がついた。間宮さんの方に目をやると、間宮さんは恥ずかしそうに俺の方を見つめている。
なんだ?
あっ……敬語か。それに君付けになっているな……?
「えっ、ユリカさん?」
「だ、だって。私の方がお姉さんなんだし、それに恋人なら私がリードすべきでしょ? 敬語だと距離があるし……とっ、とにかく! これからはこうやって呼ぶからっ」
ぷんぷんと効果音が出るくらい口を尖らせる間宮さん。可愛い。
「わ、わかりました」
と俺が返事をすると間宮さんは笑顔になって手を広げる。目一杯広げてニッコニコで俺を見てくる。なんだろう?
きょとんとしているであろう俺に間宮さんはまたプンプン顔になる。
「私がこうして腕を広げたらぎゅうしての合図ですぅ」
間宮さんが地団駄を踏む。敬語に戻っちゃってる!
やめて〜、下の階のお姉さんに迷惑だから〜。なんて思いながらも俺は間宮さんをぎゅっと抱きしめる。
間宮さんはしばらくぎゅっとされていると満足したのかむくりと顔だけあげて必殺上目遣い。
「私のことはユリカちゃんって呼んで欲しい……な?」
——もう一度いう、俺の彼女最高に可愛い
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