第57話 決意した俺と間宮さん
「薬味だれ……ですか」
「薬味おろしだれですね」
大根おろしの汁は捨てずにたっぷりと。削った柚子の皮と柚子の果汁、すりおろし生姜と小口切りにした万能ネギはお好みで。七味を入れても美味しい。
すきやきといえば普通は溶き卵につけて食べることが多いが、俺はこっちも好きである。
「昔、家族みんな溶き卵のなのに親父だけこれで食っててさ。なんか特別に感じて、大人になってからはこの薬味おろしばっかっす」
間宮さんは「食べくらべしましょう」と嬉しそうに微笑んだ。大きめのお肉を食べながら俺たちはたわいもない会話をする。間宮さんの仕事の話、俺の仕事の話。
「実は、ちょっと前に木内さんに告白されたんだ」
間宮さんはかちゃりと箸を落とす。
「やっぱり、悠介さんはあぁいう大人しくて目立たないのに美人で、優秀な子が好きですか? 同期だし……」
間宮さんは俺の言葉を遮るようにペラペラと喋る。
「断りました。俺は、ユリカさんが好きです」
あぁ〜!
流れで言ってしまった!!
すき焼き食べた後に言おうと思ってたのに。
と後悔しながらも俺は間宮さんを落ち着かせるように言葉を続ける。もうこのまま伝えてしまえ。
「正式にお付き合いしてほしいって思ってます」
くつくつとすき焼きが煮える音だけが2人の間に響く。間宮さんは驚いたような表情でもう一度箸を落とした。
「嫌です」
——?!?!
思いもよらない言葉に今度は俺がびっくりする。間宮さんは口を尖らせてなんだか不満げに俺を睨んでいる。
俺……頑張って告白したよね? 学生以来告白だったんだが……?
間宮さんは慌てているのか落ち着いているのかすき焼き鍋の中の肉をわしっと箸でつまみあげると薬味おろしたれにつけて頬張った。
いや、かわいいけど! 俺、フラれた……よな?
「ダメってことっすか? なんか悪いところ……?」
「結婚……するもん」
そっちー?!?!
確かに「結婚を前提としたお友達」とは言ったけど流石に恋人から同棲、そういう段階を踏まないと流石にきつくないですか?
圧倒的に何か合わない部分があるかもしれないし……。
「何考えてるか言ってみてくださいよ! 悪い癖ですよ! 悠介さんのそうやって口に出さないところ」
間宮さんは俺を詰めるように言うと少しだけ強い視線を向けてくる。
俺は……肉食動物に殺されかけてる草食動物じゃ?
「えっと……結婚は少し段階を踏まないと……? じゃないですか?」
間宮さんはさらに口を尖らせる。
「嫌です。だってオフィスも違うし、木内さんみたいな変な虫がつくかもしれないし……そっちは若い子がいっぱいいるんですよね? 結婚して法的に拘束しないと……」
間宮さんに変な入れ知恵しやがったのは誰だ……。マリコさんか? 原川姉さんか?
間宮さんのことは好きだけど、流石にすぐに結婚は……。
「え、えっと……ご両親への挨拶とか、その色々あるし一旦はお付き合い……最悪同棲ってのはどうですか?」
間宮さんが考え込むように眉間にしわを寄せる。怒ってるのかもしれない。いや、でも流石に結婚は強引すぎるだろ! お互いに、人生に関わるわけだし。木内さんの件は超レアケースなだけで俺はほとんどモテないわけですし、心配無用なのに。
「同棲……なら許します」
おぉ、お許しがいただけたぞ。
「じゃあ、そうしましょう」
「でも、悠介くんの気が済んだらすぐにでも籍を入れたいです。お嫁さんにしてくださいっ!」
***
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